その人は生き急いでいた。

眠るのに難儀して朝になった。

面白いことを思いついたせいで、頭がより騒がしいみたい。

昼過ぎから物作りをしている人たちのサイトを見ていると

私が昔出演したイベントに出ていた音楽家のドキュメンタリーに行き当たった。

当時、私は自分の出番以外鼻水をたらしながら聴いているような気持ちだったが

その人の音楽は最後までまっすぐ聴いていた。

「違うな何かが」と感じてCDを買ってその時期ずっと聴いていた。

泣いて訴えてるように歌う曲だった。

私が中学生、その人は高校生の時だった。

やはり才能があると認められていたその人は音楽のプロを目指し

上京するも、周りのメンバーとの行き違いや不安に苛まれたのか

それは知らないがその後、家族や恋人を残し命を絶った。

ニュースで知った私は驚いたけれど、信じられないほどの驚きではなかった。

なるほど、後ろにある黒くて大きな壁に、振り返って見てしまったのか。

 

でもそれは本当じゃないんだよ。頭の中の話なんだ。

ちゃんと見てごらんって、言って揺さぶってくれる人がいたら

幸せだったかもしれないし、それでも変わらなかったかもしれないね。

何が幸せかなんてのは他人には決められないからな。

ただひとつだけ言えることは、その人の音楽を流している時

確かにその人は生きている。

命がなくなっても心は作品の中に生き続けている。当然の話をした。

 

たかがひとつの他人の命。

でもそのひとつの他人の命を死ぬほど必要としている人もいる。

その人がいなければこの人生は輝きを失うという人がいる。

想いというのはいじらしい。人間はいじらしい。

そのいじらしさがたまらなく愛おしい。

音楽の中に、映画の中に、小説の中に、人の中に、

いつまでも目に見えない想いというものは大切にされて生き続けていく。

何世紀にもわたり

喜劇となり、また悲劇となり。

私は自分の中の誠を生きよう。