全てが異言語の中で

同じ言葉を持つものを探しているのか

遠い昔に産声をあげた時から

孤独を感じるわけは

君の心の穴に僕が重なるはずだから

僕らが出会う前のカケラが痛むからだと

そう思えば痛みさえ祝福に変わるだろう

照準を絞るように

気持ちを研ぎ澄ませる

ガラスに触れるような痛みを持つ冬の寒さは

どこか気高く それが故の痛みにも感じる

僕らが出会う前の痛みを感じきると

同じ言葉を持つものを探す道のりが

どこか懐かしく

道のりを遡っているような気がしてくる

それはどこかでカケラを落としたということなのか

母親から切り離された赤ん坊の痛みに似ているのか

春になろうとする季節を止められないように

落としたカケラはもう土に還って元に戻らない

人生はそんな虚しいものだと君は嘆くだろうか

人生はそんな虚しいものなのかと君は問うだろうか

そんな虚しいわけがないだろ

そこで結論づけていいわけがないだろ

いつも気高さには痛みが付き纏う

痛みを手放したものは楽になるが

その楽にどれほどの価値があるのだろうか

 

同じ言葉を持つものを探している

遠い昔に産声をあげた時から

決められたものにたどり着くために生きている

オーブンへの魅力 その時自分はどちらを選択するか。

最近オーブンを使う料理にはまっている。

昨日はハンバーグを焼いた。

付け合わせにパプリカ、ジャガイモ、インゲン。

全部載せてオリーブオイルと塩だけなので簡単。

我が家のオーブンでは230度の余熱なし15分で良い感じに。

今日の朝ごはんは昨日のハンバーグの残りちょっとと野菜ちょっとを

またオーブンで。

アルミホイルでそのまま焼いて食べちゃうので見栄えはあれだが。

焼けた時の油が沸沸してるのと良い香りが漂ってくるのがたまらない。

 

昨日なぜオーブン焼きが良いか考えていたら

魔女の宅急便で何かの女性がいう

「私このパイ嫌いなのよね」というシーン。

あのパイが焼けるシーンって確か

かまどみたいな所から出てくるんだっけか

パイを作るシーンがあって

それがものすごい印象に残ったんだった。

 

そんなに何回も見た映画じゃないんだけど

あのシーンに子供心に惹かれた。

クッキーをオーブンで焼くのもワクワクする。

だんだん漂ってくる香りと

開けた時に料理の正体がちゃんと見える

あのプレゼントを開ける時みたいなワクワク感

それがあるから魅力的なのかもなと思った。

 

昨日はめるちが「ご飯食べたい食べさせて」がすごくて

三時間ずつくらいに起きてご飯をあげていたので

めちゃくちゃに眠い。

寝不足だとおへそまわりが鈍痛する気がする。

なので今日は省エネモードで動いている。

起き上がったのも昼ちょっと過ぎだけど

もう夕方になってしまった。

今後の曲以外の方針など紙にまとめることはできたので

今日は図書館に本を返しに行って

喫茶店でぼーとしてから帰宅してくる。(帰宅してくる?)

 

借りていた本はレベッカソルニットの災害ユートピア 。

普段は自分や相手の肩書き立場

利害関係など分断要素がてんこもりの社会なのに

災害が起こると人々は自分や他人を分断するものなど取っ払って

お互いに相手のために尽くす共同体ができあがるという話。

 

そう思う時、パラダイスへの扉は実は地獄の中にあるのでは?と

レベッカソルニットはいう。そして何を信じるかが重要だ、と。

 

確かに東日本大震災の時、私が乗っていた電車が止まったのだけど

隣の車両では知らない人々が自販機で買った飲み物を配りながら話し合っていた。

私はロックンロールな格好をしていたので終始孤独を感じていた。

ギターも持っていたので(「おっ、姉ちゃん歌手かい?

景気づけに一曲なんか弾いてよ」って言われたら何を弾こう・・・)と

妄想していたのだけど

そんな心配はよそに全く声をかけられなかった。

 

共同体が手を取り合う一方で

避難所で女性がレイプされる事件もかなり起こっていて

それなのに避難所の秩序が乱れないように黙殺されていた

という話を聞いたこともある。

そんな事は絶対にあってはならないことだ。

人には欲望に負ける弱い面と自らの良心を選択する面とがある。

その時自分はどちらを選ぶか。