使ってない脳味噌を刺激する

最近お気に入りのコワーキングスペース。

こんなに綺麗な海を眺めながら

今後のスケジュールを立てたり

本を読んだりしている。

 

夕暮れも。

夜には露天風呂で星を眺めてふうと一息。

これがたまらない時間。

 

最近、露天風呂に入ってる時に万歳をするように

両腕をあげて入っているのを気に入っている。

恐らく周りからは相当不審者に見えてるかもしれないが

裸で外で海を眺めて両手をあげていると

心がすごく開放された気持ちになることを発見した。

 

おまけに裸で外を歩く(露天風呂なので)時間も

日常ではありえないことなので

それにも気持ち良さを感じる。

これは変態というよりも、生き物としての本能なのかもしれないと感じる。

脳味噌が喜んでる感じがする。

 

心理学の勉強を始めた時に

10年ぶり以上に勉強をしたために

単語を覚えたりするという行為をほぼしてなかったため

脳味噌の普段使ってない部分が刺激されてるような感覚がした。

 

露天風呂で裸で歩いてる時や腕をあげて自然の中で裸でいると

それと同じように普段とは違う部分の脳味噌が刺激されてる感じがする。

 

前に運動脳という本の中で、

人間には原始時代の時から脳がほぼ進化してない説が話されていて

なので原始時代にしてきたこと(獲物を追う=運動する、自然の中にいる)をすると

脳味噌が喜ぶというような話を見た。

 

まさに露天風呂で裸で自然を感じているというのは

私の原始脳が刺激されているのかもしれない。

原始人の人も服は着てただろうけど。

 

前に満天の星空の下の砂漠で排泄すると

たまらない気持ちになるみたいな事をどこかで聞いたが

それもわからなくもないなと感じた。

 

都会の中で秩序を保たれルールに従って毎日を淡々と生きてる中で

そこから外れている要素に触れるというのは

日常では感じられない刺激がある。

生きてることの喜びは別に大層な目的や目標がなくても

豪華な料理や高価な服がなくても

こういう意外な所から生きてることの喜びを感じられたりする。