思い出の場所そごう川口

FM川口さんの映像から。

ああああああ!!!!!!!

涙腺爆発した。

そごうがなくなっちゃうなんて。。。

最終日はものすごい人だったんだな。。

川口の顔みたいな存在だったから。

小学生の頃から当たり前に行ってたそごう。。

スモールワールドが流れていた時計台。

屋上ではビアガーデンを楽しんだな。

川の流れるレストランは子供の頃好きだった。

引っ越してからも川口に寄るたびに

よく行っていた。。

引っ越す前にそごうで買った急須が思い出の品になった。

これを大事にしよう。

ありがとうそごう川口。

思い出したともいえる。

いつもと少し違う角度から歌詞を書いている。

メロディがずっと歌いたかったものが作れたので

念入りに歌詞を書いている。

未来に行きたい場所ができて

そこに歩いていきたいなという想いが芽生えた。

自分の言いたいことや自我から一歩でてみると

見たことない世界が広がっている感覚になった。

でもこれはみんなは当たり前に目にしている光景で

だけど私はずっとそれをつまらないと思っていた。

でもその深みが今ならわかる。

胸にぐっときて恋焦がれるような想いを持つと

ぐいぐい先に進んでいけるんだな自分という人間は。

トマトはなんでも受け入れてくれるのさ

肉じゃが。二日目なのでちょっと崩れてるけど。

最近トマトスープにはまっていて

なんでもかんでも具材を詰め込んでトマトスープにしている。

えのき、玉ねぎ、ナス、人参、しいたけ、とにかくなんでも合う。

トマトは懐が広いんだ。

中医学的にこの時期にトマトやレモンなどの

酸味をとるのってあんまりよくないみたいなんだけど

だっておいしいんだもん!

病は気からということでおいしいという気で病が飛んでいくということで。。

二月は途中から眠たかったりだるかったり

エンジンがかけにくかったけど末日の今日あたりから

なんだか異様にやる気がわいてきた。おら、調子つかみずれぇ!(悟空風)

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死ぬことがわかっているものができる褒美

言葉に表せない混沌と暴力的な気持ちを

音楽に変えて代弁されたそれを夢中で聴いた

性行為よりも音楽の方が気持ち良かった

恍惚感と快楽にいつも溺れた これが合法とは

 

世の中のつくりものの美しさと

誰もが本音をひた隠しにしながら

愛想笑いを続けることがさも平和かのように宣う退屈さを

その音楽が蹴散らしてくれるようだった

 

あそこには何も存在していない

これが大人になることだと言いたげな者もいた

それが大人になることだとは思えなかった

諦めを知ることと怠惰でいることをごちゃまぜにしているだけだろ

あいつらは逃げてるだけだと思った

心のひりひりした部分から

自分のやらなきゃいけない使命感というくだらなさから

虚しさを感じるのは自分が暇な選択をしているからだろと思った

ひた隠しにしてごまかしてそれを大人かのように振る舞うやつらに

全部表にされたものを裏にしてやりたい気持ちになった

 

十年近く経った後で

それは自分自身に突き付けられることになる

お前が生ぬるいよ

私は自分にそう思った

なんの責任もないやつが高台から何を言ってんだよ

生温いと言われた私は何を言い返しただろう

笑っていただけだ 苦虫を潰したようにして

 

自意識過剰で自分の世界で生きている人間は

そうなっていく

社会ではなく自分の世界の中を生きている

だから怯えるのだ

自分の中の殻を壊されることを怯えて

自分の自意識過剰さに心がひりひりして

怯えてなんの行動もできないくせに

口ばっかり達者でいやがる

 

小説の中に出てくる人間なら絵にもなるが

現実になるとそうもいかない 無様だな

殻を破ってみた自分の本体のなんとしょぼいこと

それに笑えた時が 正気に戻った時

 

世界がどうとか 他人の音楽がどうとか

社会がどうとか ひとまず置いといて

てめえの行動を見せてみな

くだらないやつを見せてくれ

それが命の輝き

 

他人の目で決めるな 立派になろうなんてしないでくれよな

心の奥の一番美しい部分を研ぎ澄ませて表に出して叫ぶ

正気に戻ってもくだらないのは同じだった

行動 行動 行動がすべて

 

せめてこの一時間は集中しててくれ

自分の中に夢中になって走り回ってくれ

それを表現にして外側に放ってくれ

好きに描く 好きに放つ 好きに叫ぶ

死ぬことがわかっているものができる褒美

 

くだらないよな それが最高なんだ

自分を持て余すとろくなことを考えないぞ人は

誰かや何かよりもまず

自分を暇にさせないことがいい 手加減なしで

本気で遊ぶ 何が見えるだろうね

何を感じるだろうかそこから

 

答えだと思ったものは次にはサラサラと手から流れていく

答えに価値を置くと身動きが重くなる

答えは常に変化していく 自分自身も変化の中

 

人の一生など人の出した答えなど大したものではない

だからより生々しいものを 本気になれるものを

そこに身を投じる 命を使いきる