とっとこ走るよめる太郎

めると同じ部屋にいてもう8年になる。

最近は寿命のことなど頭をよぎることもよくある。

めるはこんなさえない毎日の繰り返しで

退屈にならないのだろうか。

めるを幸せにできているのだろうか。

そう思いうさぎの性格を調べる。

「いつも変わらない場所が好き」

「いつも同じ食べ物を食べていたい」

「安心していたい」

めっちゃ可愛い。。

部屋の中で散歩も決まった時間に

してあげられないからと

広めのうさぎ小屋×2つを合体させているから

走りたい時は小屋の中で走りまわれるし

私以外ほぼ部屋に誰もこないから

安心してぼーっとしていられるし

冷暖房は完備だし空気清浄機もあるし

いつも決まった餌と好きな乾燥バナナは

お決まりで毎日もらえるし

もしかしたらめるは

めちゃくちゃ幸せなのかもしれない!!!

と思ってワクワクした。

よかったなめる!!!!!!!

なにが?って顔してた

保護中: 第十五話「社会経験の浅い事務所所属時代」

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君といつか

これは綺麗事なのか

書きかけた歌詞を眺めた

現実が今なら

音楽の言葉の中で

僕は思い切り夢を描く

音楽の言葉の中でも

僕は君との世界を作る

君といられる時間は夢だ

夢はいつまでも続ける事ができない

だからせめて

音楽の中に君との夢を描く

今はこんな事しか僕にはできない

僕は無力だね

けれど今日も君を想うよ

大変だけど好きなこと。

答えのない討論は本当疲れるけど

ある程度お互いが納得するまで

その場を共有するということは

必要なんだなと思う。

 

去年の夏は本当に修羅の日々だったな。

あれだけいろんなものに揺り動かされることって

ないだろうなってくらい

いろんなものが綺麗に重なって現れた時期だったな。

それで自分の弱さだったり酷い部分を垣間見て、

もっと過去の日記とかを振り返ってると

私ってなんにもわかってなかったんだなぁと思うけど

多分再来年あたりの私が今日の日記を見ても

同じことを思うかもしれないから

それはそれでっと思ったりもした。

精神的なえぐさを去年、一昨年あたりから体感して

自分の中で自分にごまかしがきかなくなり

そこから内省と変革モードに突入して今に至る。

 

「生きることの定義」だったり

「愛することの定義」だったりが

人からあたえられた言葉じゃなくて

自分の中でしっくりくるものを見出せることが

大人の階段のぼるってことなんだろうなって思う。

私は今年その定義がかなりはっきりわかったのだけど

定義がわかったところで自分がそこに伴うかといわれると

全然伴わなくて

わかってはいるけど現状は心もとないまだ子供な自分

という状態。

その時の疲労とか余裕によっても変動するし

でもそれはいくつになってもそうなんだと思う。

そこを自分で自分に許容する事ができない人が

他人にもきつく当たるような人になるのだと思う。

今だって思い当たる節が自分にあるからいうけれど。

本当は急がなくたっていいし

本当は何もしていなくたっていいはずなんだけど

なりたい理想とか、頑張りたいことがあると

ついつい自分に優しくすることが後回しになって

そうなると周りの人にも厳しくなっちゃったりするよ。

そこでまた自分という人間の小ささを

突きつけられるわけなんだけれども。

けれどそれを考えて内省していくんじゃなくて

そういう自分を受け入れて、

かつ人と生きていくという道を

不器用ながら放り出さずにしている毎日の自分に

ちょっと褒めてあげたい気持ち。

音楽でも、私生活でも

随分人と生きるようになったなぁと感じる。

己の醜さ

第25回「シギ、桃太郎電鉄で己の醜さを知る」

 

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