見送る飛行機

私の住んでいる街は飛行機がよく見える。

近い遠いに限定しないと

多い時では5つくらい飛行機を見つけられる時もある。

乗るのも見るのも飛行機が大好きだ。

街を歩きながら遠くから近づいてくる飛行機をみて

「この飛行機はどこまでいくのかな」などと

答えのわからない疑問をぼんやり思ったりしながら

心が穏やかになるようなわくわくするような気持ちになる。

 

最近気付いた事なのだけど、私は乗り物が好きみたいだ。

前に知人に、住んでいる街に飛行機が沢山飛んでいる話をした時に

「それじゃうるさいでしょ?」と

少ししかめっ面をしながら聞かれたことがある。

私は飛行機を見ているのが好きなので

「え!ごおおおー!って音を含めて最高じゃん!」と思った。

この時のことをたまに思い出す。

同じ現象なのに

人によってこんなに真逆な受け止め方になるのかと。

子供の泣き声ひとつとっても

好きな人とそうじゃない人では分かれるし

好き嫌いに関わらず余裕がある時とない時でもだいぶ変わる。

どちらが良い悪いという話ではないけれどね。

自分が好きなものがよく見れる街に住めて

毎日外を歩くのが楽しい。

感じ、表現する。

早稲田BLAHBLAHBLAH

1.生きる

2.普通の人が普通にできることが普通にできない

3.弱者

4.終末時計

5.世界は美しい

6.秘密

7.現実

8.世界

9.君がいて僕がいた

 

今回電車で行ったのですがそれがすごく楽しかったなぁ。

車で知らない土地に行くのもいいけど

気になるとこで簡単に停車できないからなぁ。

都電荒川線に初めて乗って感動。

面影橋駅降りたらすぐに面影橋あり。

この冬!って感じの侘しさが良いですね。

春は桜が咲きそうな雰囲気。

面影橋という名前には色々な説があるらしい。

「悲しい出来事が重なって女性が詩を残してこの川に飛び込んだ

その時の詩の一節を用いた。」

と言うのが一番ドラマがあった。

途中で天祖神社という神社に出会いお邪魔した。

梅の花が結構咲いていた。

道の途中には太い木がいたるところにあった。

私は佐々木のじいさんを思い出しつつ

木をさわさわした。

街を実感するというのは私にとって良いものなのかも

と感じた。

意味は色んな場所に存在している。

自分に集中しがちな意識が分散していく気がする。

 

そしてライブハウス着。

ライブハウスはパブとしても営業をしているらしく

そのご飯のなんとおいしいこと!

今回出演の3人。

前世から愛し合ってるさくぽんと。

クロモさんと初共演。

シギを前から知ってくれていたようで

恥じぬ行動をしていかなければと背筋が伸びた。

番外編・小次郎。

我々も昔からの長い付き合いです。

小次郎は色々企んでいてそれに乗っかった。

 

ライブ中はなんだか精神が静かだった。

少しずつ自分の中の世界が整っていっていて

それが曲目にも私の表現にも表れてきているな

なんてことをぼんやりと感じていた。

 

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第三波「陰極まれば陽に転じる」

この「自分にやってくる精神的な落ち込みや違和感と

真正面から向き合ってそこから自分を知ろう」という体験を

真っ向からやるようになって第三波が昨日やってまいった。

待ってたぜこのやろう!今回はなんだ!

 

昨日の腐り方は私の腐るシリーズの中でも

なかなか上位に食い込む立派な腐りをやりきった。

(もはや好奇心という点において落ち込みを楽しんでさえいるような私)

ことの発端はしょへすんと次作についてやりとりしてて

私が爆発して「もう何もかもやめだー!!!!!」となった。

私がたまにやる「必殺全て投げ出して諦めるモード」が久しぶりに炸裂した。

 

そして布団の中でいじいじしながらちびまるこちゃんを流し続け

朝から18時頃までずっといじいじしていた。

そしてスタジオが20時からあったけれど行く気になれず

頑張って体を起こして40分遅刻したが行った。

しょへすんとは普通に和解。(喧嘩をした訳ではないんだけど)

スタジオはなんなく終わった。

そして今日起きて、昨日のことを振り返り、分析にはいった。

二波目に書いた

「脱・真面目」というのにもろに直面した形だった。

「あ、すごく頑張って、精神的に自分にプレッシャーかけてて

辛かったから、爆発したんだな。俺ちゃんはよぅ」と

自分にフォローした。

そして、それがずっと自分を苦しめて硬くさせてきたけど

第二波の時の「ちゃんとをやめにしようかね」と思ったのを

本当に心底フェーズせざるを得ないくらい

「ちゃんとして苦しいぶぐおぇぇ!」と直面した。

なのでそこを向き合いまり体感しまくったので

そこを乗り越えて自分の肉体にいれられた感じ。

陰極まらないと陽には転じられんのだ。

夜が深まる時朝が近いとはよくいったもんだよ。

変化にはきつい痛みがつきものだ。

しかしその痛みの先に変化があると思うと

痛みがだんだん興味にさえわいてくる。自分の好奇心が恐ろしい。

 

違和感や苦しみに真っ向から向き合うことの重要性は

ここにあると思っていて

自分に帰る(自分の中の良い位置を知るということ)と

その自分で生きていくことを学ぶ、気づくために存在する。

だから貴殿が「うげー!つらたん!」と思いし時には

体を逃すのは大事なんだけど、心の逃避はおすすめしない。

というよりもまず、心で何が辛いのかを知り味わい理解した後に

体で逃げることをおすすめする。

そこの理解が浅いと、何回も同じ壁にぶつかって同じ苦しみ方をする。

 

しかしこの「痛みや違和感と向き合いまくって分析する」

という事を生活の中で意識していると

自分の攻略法がわかってくる。癖も。

そしてそれを嫌な目で見るんじゃない。極力愛でる。

そして調整する。自分の居心地を悪くする癖を少しずつ矯正する。

 

結果今回の第三波で

頑張り屋や野心がすごい自分のパワーも認めるけれども

それに自分が引きずられて精神が消耗しきる今までのパターンをやめにし

もっと体で感じること 惹かれるものに浸ること(これも感じるだ)

自分の中のパワーは「ちゃんとしなきゃ」に使うのではなく

「すごい人がいる!刺激うけるわーがんばろー!」とか

「これはやばい!やったるでー!」とかの方に意識を向けて使おう。

その方が楽しい。

そして誰がなんといおうと関係なく

自分の惹かれるものや好きなものを感じきって

作品に一点集中しようと感じた。開示すること、放出すること。

俺ちゃんはやったるでー!!!!!と

昨日の腐りという陰を極めて陽に転じた本日となった訳であります。

薄々感じていたけれど

人生というのは、実は私がしていた、感じていた苦しみは

じつはそんなに持ってる必要がないものだったんじゃないか…

実はもっとダイナミックに体で生きていくものではないか…

だとしたら怖いくらい最高じゃないか。。

そんな楽しんじゃっていいんですかい?神様!?えぇ!?と

神様を問いただしたくなるような気分になった。

 

私がなぜこんなに自分にばかり目を向けるかって?(聞かれてないけど)

それはいつだって自分の中から作品が生まれるからにほかならない。

私なくして私から作品は生まれないのだ。

そのために外部の様々なものに触れる。自分を感じさせる敏感にさせる。

そして心が混ざり合う。そして熟成したのち、作品となる。

しかしこれはものをつくる人間だから適用できるもの、

とは全く思っていない。

むしろ人間は全てそれをしたほうがいいのではないか?と思う。

全てのものは自分を知るための道具。自分を知り満足させる。

不機嫌な人が他人を幸せにはできないように

自分を満たせたものが人にも豊かさを分け与えられる。

だから自分に興味を持ち、知り、学び、自分を気持ち良くしていく。

それは人の幸せや平和のためにも大切なことなのだ☆(はむたろー風)

 

第四波はやってくるのか…?!どきどき

身を晒す

駅までの道を歩きながら

若さの塊のような音を聴いた

伝えたい事が溢れて

宗教的に一定のリスナーを盲信させるような

きっと私も20代のはじめのころ

何も気にしない心が持てていたら

こういう音をやっていたのだろう

そんな気持ちになった(と思い作曲者を調べたら30歳と私と大差ない年齢だった)

エネルギッシュさは恐れを知らない

その新しさに触れた時

聴き手は恐らくは

熱狂するか顰めっ面をするかどちらかだろう

だがそれが良い

新しさとはそうであるべきだ

人間はいつも何かに触れるとき

無意識のうちに自らの過去を探る

これはあそこで知ったことがある

これはあの音の感じがする など

類推をしたくなるのは人間の証

だからこそ聞き馴染みの薄いような

新しいものは異物に感じ

不安や嫌悪感を抱く人は多い

それも自然な反応の一方で

新しいものを追い求める心は

生き物としての進化には重要なことだ

自分の見知ったものばかりでは

安心安全しかないものなら

人はどんどん退化して劣っていくだろう

新しさに身を晒す

命の躍動を思い出す

一度の命を楽しんで