自分の意思で生きようと、なおさらに思った。

2019振り返り。

2月はシ組でお茶会を開催。

3月は私が実家から旅立った。

4月は初台湾、台北でライブ。シ組でのワンマンライブ。

5月は弾き語りのアルバムを5枚同時発売。

地元であるFM川口に初めて出演。

NEWシギバンド。大樹が仲間になった。

大樹と私でレコーディングもした。

シ組の半年プレゼントをつくった。

夏は台湾の台南でライブ。

日本では茨城で初めてライブ。

タイで初めてライブ。

シ組でワンマンライブ。

EP「弱者」発売。

 

そして冬はシ組のリニューアルへ向けて準備。

こうして振り返ると、怒涛すぎて気づかなかったけれど

沢山の人と出会い、笑顔になっていたんだって気付いた。

自分ひとりでやってこれたわけじゃないと、しみじみ実感する。

 

ブログも途中から、無駄に字を埋める意識ではなく

本当のシギの声をお届けすることに集中するようにした。

あとはシギ以外で数年前から進行していた

あるプロジェクトを表に出す前にやめることにした。

それもシギとシ組の活動に集中するための必然だった。

やはり時間は有限なので、取捨選択も大事な意思表示の一つだと感じた。

 

新しく始めたこと、さらに進化させたこと、やめたこと。

自分の意思で生きていこうと、なおさら強く思った年になった。

そう腹が決まったのが秋も近いあたりだったので

来年からはそう思って種を蒔いたものを発芽させ、

大事にひとつひとつ育てていきたい。

おそらく育てる最中に水のやりすぎとか陽の当てなさすぎとか

色々トラブルや不手際が出てしまうと思うけれど

それも学びのひとつとして吸収して進めていけたらと思う。

来年は勉強しながらも実行の年!

 

今年もありがとうございました!!!!

スタジオ納め

スタジオ納め。

1月5日のライブのための演奏。

朝8時に起きたので激眠だった。

しょへすんのギターをみてあげるだいじゅ。

大切なひとたちとお話。

今までのこととこれからのこと

色々お話し。

なんだかんだ年末になると

ゆっくりした時間を持って一緒にいる。

話し合ったわけでもないのに不思議。

来年のライブ

来年は早々にライブ二本決まっています。

今年に比べてライブが増えそうな、予感がしている。

チケットはticket@shigi.netまで

お名前・日付・枚数を記入して送信してください。

 

2020年1月5日(日)【シギ・昌平・大樹のトリオ編成】

タイトル:R>I>P>G>02

企画:Numakami-ke企画

場所:初台WALL

時間:開場14:00 開演15:00

料金;前売り¥2,000+1ドリンク

出演:

ENSLAVE

SECONDARMS

DEATHCOUNT

シギ

SoulDischarge

GRIND SHAFT

NO VALUE

QUESTRAKT

UtopiaExperiment

CKMN

北畑欽也(bacho)

 

 

2020年2月16日(日)【弾き語り】

タイトル:TETONAMLA acoustic mini TOUR

企画:羽根web..net 企画 !!

場所:西早稲田 BLAH BLAH BLAH

時間:開場17時半 開演18時

料金:前売り¥2,500+1ドリンク(¥600)

出演:

羽根web..net

シギ

O.A クロモ

静けさの中で見つめる

自分の中の弱さを見つめて

歪みを見つめていた

そこから優しく流れる痛みを感じていた

弱さは弱さのまま ここにいていいよ

出かけたくなったら 出かけておいで

弱さを弱さと認めること 抱きしめることが

強さであると感じるから

一緒に生きていこうね

そして私の甘えをそばで感じながら

何も言わずに寄り添ってくれる存在に感謝

暗闇の中に光る

クリスマスは千葉にいたのでポートタワーを一瞬見に行った。

建物のツリーのイルミネーションて初めて見たかもしれない。

家族や恋人たちでいつもの倍以上賑やかだった。

みんな楽しそうだったな。

十二月は街中がどこか地に足がついていないというか

どこかわくわくした雰囲気があって好きだな。

冬は苦手だけど、今年はそんなに寒くないし好感を抱いている。

私は仕事は納めないですよ。ふふ

「毒にも薬にもならないような生き方をするな」

今日は私を作った言葉を書きたい。

年の瀬が近づき、色々な人の言葉に私は生かされてきたと感じる。

そしてそれを胸に、今日も変わらず地味な作業をする。

あなたには、あなたを作った言葉があるだろうか。聞かせてほしい。

 

「生命尊重ばかりで魂は死んでもいいのか」

中学生の時。三島由紀夫の小説を見た事もなく、どういう人かもわからなかった。

ひょんなことからネットで三島さんの演説の言葉を見たことがあった。

日本の歴史もよくわからなかったので何を言ってるかほとんどわからなかった。

けれど「生命尊重ばかりで魂は死んでもいいのか」

この一文を目にした時に、なぜか涙がポロポロと出てきたのを覚えている。

不思議な現象だった。胸が熱くなり「これだ」と思った。

心を大事にしたり自分を生きたいと思う部分はこの言葉に打たれたのが

全ての始まりといっても過言ではない。

 

「シギはうまいとかへたとかの音楽じゃないだろう」

SONYの育成にいた時代があった。高校生の時。

そこで担当してくれた方が言った言葉。

私にとってはパパのような存在だった。

当時の私は、自分がちゃんと歌えるか、キーを外さないかなどに

神経質に厳しくなっていて気にしながら歌うことが多かった。

そんな私のあり方を見抜いて言われた言葉。

「シギの音楽はうまいへたじゃない、ちゃんとしてるかじゃない。

それよりももっと大事なものがある歌だろ」そう言ってくれた。

 

「毒にも薬にもならないような生き方をするな」

このブログでも何回もこの言葉を書いた。大学の恩師の言葉。

恩師は敵の多い環境の中で、自分を貫いているような方だった。

ちょうどメジャーにいて迷走していた私にとって突き刺さりまくった。

私の言葉は毒なのか、難しいのか、もっと優しく甘く誰でも聴けるような

ものにしないといけないのか、どう悩んでいた。

この言葉が全ての答えとして導かれた気がした。今でも私の支え。

私自身、先生のように敵を作っても自分を貫く生き方をしてる人が好きなのだから

自分もそうあって良い、そうありたい。そう思った。

けれど私は自分が猪突猛進になる時と臆病者になる時があって

そこの板挟みで悩まされることも多いのだけど。

そんな時に先生の言葉を思い出す。

自分の我や色の強さをコンプレックスにせず強みとして生きていこうと思えた。

 

「自助協力」

これも大学時代の、大学の校訓だ。

そしてこの言葉はシ組の礎になっている。

大学の校訓に影響を受けたなんていう生徒、そんなにいないだろう。

大学に入学して一冊の本が配られた。

自助協力というタイトルの本は、大学の創設者の言葉や

大学のあり方が書かれていた。

「自立したもの同士が助け合う」という意味だ。

自立して自分ひとりで自分だけ生きていくのではなく

自分を生きる者同士が手をとりあい社会を作る。

そういう考え方が、今までの自分にはなかったので新鮮な驚きだった。

自立=誰の助けも必要とせずひとりで生きていけること

だと思ってる節があったが、今私はそう思わなくなった。

むしろ健全な依存先がある方が生きやすく

安心して自分を発揮できることにつながると考えるようになった。

これは改めてブログで書く。

 

以上4つが私を作った大切な言葉たち。

どれも少し毛色が似ているような気もする。

結局のところ私はどんなに悩んでもわからなくなっても

外面じゃない、中身で生きろ。心で生きろ。強く生きろ。

という所から逃れられない運命なのだ。

というよりも、それがやはり好きらしい。

それならば観念して、私は私を生きるより他ない。

自分の誇りとする人の言葉を胸に

その人たちに恥じない自分であろうと誓い生きるより他ない。

社会というとたいそれて聞こえるが

それが人の支えや助けや勇気に繋がるように。

自分のやるべきことをやる。それだけだ。

冬の思い出

SNSでいろんなケーキの画像が並ぶ。

日本で一番ケーキ食べられてる日なのかな。

それぞれの食卓や会話や笑顔があるんだな

と思うと平和な気持ちになった。

私も平和にケーキを食べた。

クリスマスの思い出は

小学生くらいの頃に

高熱を出した時があって

うなされながら自分の部屋でうーんうーんと

苦しんでいたら

父がアゴにティッシュをつけて

サンタさんでーす

と現れて

あ、ちゃんと演出してる!

と思ったのを今でもなぜか覚えている。

後は子供の頃にもらった枕元に置く

スタンドの灯り。

あれを両親がイオンで買い出してて

私と姉は車の中で

「今買ってきてるのかな〜!」と

言ってたのも覚えてる。

そういう何十年の中で

断片的に覚えてる記憶って

何が覚えさせてるんだろう。

やはり喜怒哀楽を感じた時なのかな。

クリスマスは良き思い出がたくさん。

長所と短所は背中合わせ

「自分のこんな所が嫌いだ」という人の、その嫌いな部分は長所にもなり得る。

自分がそれを好きかどうかはさておき、短所は長所に転じる。反対も然り。

 

少し話が変わるように感じるかもしれないけれど、最近私の感じた話。

「自分があるものを信じたい気持ちと、それが正しいかどうかは別の話」ということ。

正しさは人や状況によって変わるし、正しさに縛られると動けなくなる。

自分の信じたものが何に対しても誰に対しても正しさに当てはまるというのは傲慢。

そんなに大したものでも、すごいものでもない、ひとりひとりの人間は。

誰でもない、ここ最近私は、上記のことを自分自身に思うことがあった。

 

私のエネルギーの強さやストイックさは

たまに身近な人に対して鋭利に発動する。

先日話した硬い鉄としなやかさの話とはまさに私のことだ。

気合いと集中がいきすぎると周りをぶっ刺さる勢いで自分と他人に厳しさMAXになる。

「そんなんでいいのかよ!!!お前そんなもんじゃねえだろ!!!」

と心の中ではいつも他人に思いつつも大きなお世話なので言わないけれど

ストイックモードにはいっていると最近は身近な人に口を挟んでいることに気づいた。

は!私は人に言っている!と自分が変化しつつあることに驚いた。

 

そのストイックハイパー大きなお世話人モードになりつつあったので

反省したのだけど、そんなに反省はしていない。

 

完璧な人間にはなれないなーと思った。

何かを選んだ時に何かを捨てるのと同じで

自分の長所は自分の短所としても受け止めなければと思った。

なるべく人を傷つけないよう、注意はするけれど。

完璧じゃないのだとしっかり受け止める。

この長所は、刃物という短所になりやすいのだと受け止める。

けれどこの刃物を捨ててしまえばいいわけではないと、受け止める。

「逃げたい」は「本来の場所に行きたい」ということ。

「逃げたい」と思う気持ち。

少し言葉の使い方に違和感を覚える。

逃げるのではなく本来の場所へ行こうとしているのではないか、と。

 

「逃げたい」という気持ちを内省して考える。

逃げたいと思う場所と自分が合わない理由が出てくる。

単純に考えて、合わない場所で力を出そうとするよりも

自分を発揮できる場所に行く方がいい。一度や二度が全てではない。

それは逃げではないと思う。自主的な移動。

 

とはいえ、場所を変えることが出来る場合と難しい場合は存在する。

私の場合、大人になった今では大抵の選択を自分でしていける。

失うものも離れるものもあるけれど

一つだけ注意しておきたいと思うのは、

何かを変えたいと思った時に必ず恐怖心と不安が現れる。

そこに注意深くなること。

今浮かんだ自分の気持ちは、不安からきた気持ちなのか。

それとも純粋な気持ちからきたものなのか。

不安と恐怖心はすぐに人を狐憑きのように取り巻いてしまう。

この感情がどんなものかを、意識してわかっていると少し生きやすくなる。

不安や恐怖心から来た選択肢は本当に自分が願う選択といつも少し離れている。

 

一方難しいのは子供の頃。子供は大変だ。特に小学校に入る前など。

自分の中に感じる違和感を言葉にする事さえも難しい。

この時期にも疑問を抱く子供はいる。私がそうだった。

けれどそれは大人にいっても理解されないし

自分自身でもうまく言語化できないので、漠然とした孤独に苛まれる。

大人の方がどれほど楽だろう、と大人になった今思う。

今の時代では、子供のために開かれたサポートの場も存在するかもしれない。

けれどそこで出会う大人がどういう人間かでも、明暗は別れるだろう。

ただ子供は命を終わらせずに耐えてほしい。

どんな絶望の時でも時間は止まらず流れている。

死ぬことは大人になってみてから考えてほしい。

君の周りに「大人は辛そうだし大変そう」という大人がいたとしても

それが全てではない。

「子供より大人の方が最高じゃん!」と思う大人だって

確実にいる。ひとりはここにいる。

 

大人は完璧ではないので

大人がもっともらしい事を言っていたとしても惑わされないでほしい。

いうことを取り入れるか取り入れないかは自分自身で自由にしていいということ。

大人も間違えることが沢山あるし、その場その場で何が正解かも変わるものだ。

誰かの意見が絶対ということはない。もちろん私のこの言葉も。

私にとって「今、これを伝えたい」と思うことを言っている。

「こんな考え方してもいいんだ」と思える人に伝えている。

「自分もそう思っていたけれどそう言ってくれる人がいなかった」と

思える人に伝えている。

子供の頃の私のような気持ちに近いものをもつ人間に伝えたい。

それ以外の人間には、伝わらなくても仕方がない。むしろ自然だ。

「私が正しさ」ではないから。

全ての人に頷いてもらえなくていい。

伝えたい人に届けたいから、その人に向けるために書いている。

これも私の考えで、それを選択して、ブログを書いている。

 

話を戻す。

自分で考える力を身につけ、自分で選択することが大切だ。

それは決して易しいことではないけれど

人生に対する充実感と責任感はそうじゃない時の比ではない。

 

ひと昔前では我慢が美徳、我慢を賛美する事が謳われてきた。

なぜこういう苦しみしか生まれないことが謳われるのか。

2つの意味があると私は考えている。

 

1つは、上の立場が下の立場に命令しやすい環境を作るため。

「苦労することは素晴らしいんだ」「我慢もいつかは報われる」

ということで労働者を過酷な環境でも働かせることができる見せ方をする

経営者側や人を使う側が下のものを使いやすくなる言葉。

 

2つは、そういう思いをさせられたことで、次の世代も苦しんでほしいという気持ち。

「俺らの時代はそんなもんじゃなかった」「これくらいの我慢は常識だ、甘えるな」

という気持ちは、自分の世代に許されなかったものが今許されていることに関して

「俺たちは損をしている、あいつらの得が許せない」という損得勘定から。

 

バブルが弾けてもなお経済的成長のレベルを下げまいと邁進したとしても

今までのような働き方では成長の数字としてもう表れないので

通用しないことがわかる。

「何も考えず、いう通りにして、馬車馬のように働くことが成長に繋がる」

こういう時代は終わった。

何も考えずにできることは、代わりにA.Iがやってくれる。

A.Iが社会に組み込まれることを、仕事を奪われると恐れる人もいる。

けれど誰でも出来る仕事をする必要がなくなることで

自分には何ができるのか、自分の得意はなんなのかを

真剣に考えることになるだろう。

自分のためになることが、社会のためにもなる仕事とはなんだろう。

こういう事を考えて実行できるのが良い社会のあり方だと思う。

自分を殺さないとお金がもらえないのは、不健全だ。

それではなんのために生きているのかがわからなくなる。

そこから逃げたいと、思わない方がどうかしている。

 

今まで、人の顔色や常識を気にしてやりたくもないことをやって

自分を生かしてきた人には、最初は苦しい時代になると思う。

けれど思考というのは何歳からでも身につけられ、鍛えられる。

人任せ、社会任せをやめる時代が来ている。

 

長くなった。まとめ。

何かから逃げたいと思うのは、甘えではない。むしろ苦しい。

自分の気持ちに嘘をついてない人だから表れた感情。

無視をしない方がいい。

逃げるというのではなく、本来の居場所へ戻ろうか、という気持ち。

「遠回りをして、随分違うところに来ちゃったな。

いろんな思いもしたし、そろそろ戻るかね」

 

でも次が最後ではない。失敗が許されないなんてことはない。

そこまで自分に期待をしなくていい。

ほんのちょっとの成功と失敗、ささやかな幸せと不幸せ。

それらを、言われたからやっているのではなく

自分が思ってやったことなのだとしたら

どんな小さな成功も、失敗も愛おしいものに変わる。

 

勇気のいることかもしれない。

そういう勇気のいること

みんなはどう勇気を持ち

どう自分を生きていっているのか

そういう人の姿をお伝えする場所を今後作っていきたい。