それでも続く

もっと早くこの答えに辿り着いていたら

今が違う結果になっていたんじゃないか

あの時なんて言ってればこうならずにすんだんだろう

どこから間違えていたんだ

一緒に生きていこうと言えていたら

そばにいてなんでもやることが出来ていたら

そうやって

戻らないから安心して後悔できてるのだろうか

どうにもならないことを

どうにかできたのではないかと考えるのは

傲慢なのだろうか

自分を慰めたいからなのだろうか

この気持ちは

悲しみだけでも怒りだけでも

切なさだけでも孤独だけでも

どれかひとつではない

保護中: 第八話「沈黙は死を待つに等し」

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日々

コロナ疑惑からモーニングに行けるまで復活。

ポッドキャストを聞きながら喫茶店へ。

勉強したりなど。

誰かと一緒に喫茶店で作業の予定たてるのもありかも

と思ったり。(喋りたくなりそうな気もするが)

 

最近は行き帰りの歩いてる時間に歌詞や

作曲のイメージをスマホに書いている。

あと弾き語ったものを聴いたりする時間。

 

今日は帰宅後に打ち合わせをして

料理して夜ご飯を食べてから

録音して

その後に手紙のことをやっていたので

一日中フル稼働だった。

 

コロナ疑惑で2週間予定が空いたので

その時のものがテトリスの棒のように落ちてきて

組み合わせに四苦八苦している。

 

7種類くらいのやらなければいけないことを進めていて

全部につじつまを合わせあったり

意味をそれぞれに持たせてバランスを作りたかったので

歩みがじっくりになりがちだったけど

そのうちの1つがようやく地上に芽を出せそう。

土づくりは本当に一番大変なのである。

 

今日たまたまつけてたテレビで

ナッツの商品作りに2年かけたといっているお店の人がいたけれど

食べる方はすぐに食べてしまう。

まれに一生忘れられない味に出会った!とかもあるだろうけど

大抵のすぐ買ってすぐ食べるようなものでも

作ってる人たちは色んな試行錯誤をしている。

それを私も最近すごく感じる。

でもそれは大変だ苦労だというよりも

それ以上のやりがいと面白さがある。

 

本気で考えるとか、何回も修正して完成させたものとか、

そういうことのひとつひとつを可愛がれるような気持ち。

今までめんどくさくてすぐ決めちゃってたことも

植物みたいに手をかけて育てると

自分の行いや眼差しに対する自信も育めているなと感じる。

 

遠回りに感じたり、めんどくさいと感じること

できるなら避けたいことでも

そこを超えた先に見える景色は

超える前にいた自分とは違っている。

そこを超えられない人が大半なのだけど

積極的に超えていかねばと思う。

 

過去の自分になるべく恥じぬよう。

零ミニ巾着

ありがたいことに零の作品を購入して頂く方により

エコバッグが全てはけました!

なので新しいプレゼントを考えまして。

女性のお客様が多いので、ミニ巾着をプレゼントです!

目薬とか、薬とか、口紅とか、そういうものが入ると思います。

絵画を購入いただいた方に1枚プレゼントします。

かわいいでっしゃろ。なんかお守りみたい。

このような感じの巾着をプレゼント致します!

実はここ2日で絵画が7枚お迎え先が決まりまして・・・

ありがたいことです。

そのため絵の出品数も減りましたので絵画の制作もどんどんやろうー!

 

零71作品目

光がいかに輝いていたのか
そこに闇がなければ
知ることはできなかった

 

https://www.creema.jp/item/14473356/detail

正しい人

昨日ラフに書いてた詞を

眠れなかったので二曲メロディに合わせて修正。

 

正しい人をなるべく描かないようにしたいな

なんてことを最近は考えている。

今までそんなことに意識がいったことがないので

新しい感覚である。

 

良い感じに正しくないが愛おしい人の歌をかけた。

それらを今日録音して

手紙の録音とミックスも行っていたので

起きてから夜ご飯までずっと座って録音活動をしていた。

 

NHKプラスで72時間や病院ラジオを見て

人間の様々な心模様と歴史に胸が詰まった。

 

疑惑後

コロナ疑惑になった後から睡眠がうまくいかない。

まず眠くて起きれない。

目覚まし時計かけないと平気で13時14時くらいまで寝てる。

それで翌日は眠れなくて目がギンギンなので

諦めて朝まで作詞したり活動をしている。

 

嗅覚か味覚だかも怪しかったんだけど

今日だいぶ8割くらいまで戻ってきて安心した。

あたいグルメやから。。

ともかく少しずつ通常生活に戻っていきたい。

 

 

心震える

録音をしながら曲の修正。

歩きながら&喫茶店で歌詞を書いて

今は3つくらいテーマが出てきている。

単曲というよりEP単位で俯瞰して想像している。

ジャケットはもう想像上では出来上がっている。

 

コロナ疑惑で自分で隔離生活をしてるときに

にゅの後輩の大山さんの漫画「奈良へ」を見て

ものすごい刺激をうけた。

 

町田康さんの呆然としたという言葉の通り

私も読み終えたあとに呆然とした。

途中でよくわからない涙がでたけど

この言語化できない感情が胸の奥に生まれる作品は

なかなかできることじゃない。

 

人が織りなすものっていうのは色んな要素が

折り重なって出来上がっている。

単純に「良いやつ、嫌なやつ」とか「幸せ、好き、辛い」とか

そういう単色ではなく、色んな色が重なっている。

その多層空間を作り上げられないと

人間というもののどうしようもなさや言葉にできない感覚というのは

表すことができないように思う。

 

友川さんの「桜の国の散る中を」を聴いたときの感覚に似ている。

JOJIの「Gimpse of Us」のMVをみたときの感覚にもなった。

震える作品というのは表面的な操作では決してたどり着くことができない。

その人の人生の文脈や体臭も乗っているような。

この間書いたような歌声の美しさに似ている。

 

こういう時、絶望や孤独や怒りや虚しさというものを

直接的に言い表さずにそれを体感してきた人間だということを

作品から感じられると胸が震える。

世の中の理不尽や残酷さや不条理なことから目を背けないことの

面白みのようなものを感じる。

自分の作品を自分で描ききるということはかっこいいなあ。

 

そこから自分自身と、自分が生み出す作品について

よりリアルに向き合えるきっかけになった。

なので作品作りが興奮する。創作って楽しいものだと感じられてきた。

 

綺麗な川

綺麗すぎる川には魚が住まないように

綺麗すぎるものになろうとしないように

気をつけなければと思うときがある。

私が感じる美しいは

ここで使ってる綺麗とは違うもの。

綺麗すぎるものに取り憑かれると

自分自身を見失う。

自分を見つめることなく

綺麗でないものへ

常に言及したり憤慨するようになる。

自分という人生の表現の中に

自分だけがいない。

なぜなら自分を見ると思ってる綺麗じゃないから。

でもそこが良いんじゃない。

私そう思うわよ。

零70作品目

おしえて
あなたの心の一番奥にある気持ちを
それが美しいことを知っているから
夜と朝のあいだに

https://www.creema.jp/item/14473245/detail