居る場所

自分にとって少しショックな

落ち込むような言葉を聞いた時。

その言葉に引きずられてしまうこともある。

空元気は出さない。ただ自分に聞いてみる。

これからどうしたい?

その問いかけに心の中の自分が答えるまでは静かにしておく。

自分が居心地良くいられる場所に自分を移動させたい。

それは誰かがやってくれることではない。

自分の足で動き出すこと。

けれど、動き出したいと気持ちが前を向くまでは

静けさを大事にする。自分の心の中に静寂を作る。

静寂の中で少しずつエネルギーが育まれていく。

喜びや自分が輝ける場所に

喜ばれたり誰かも輝ける場所ならなおいい。

心の中の声を聞こうとして耳を澄ませている。

人生の舵

考えすぎも経験

やりすぎも経験

引きこもりも経験

成功も楽しかったことも経験

全部物語のひとつとして

一冊、一冊が書かれては

また自分専用の自分史という本棚に仕舞われる

次の新しいページには何を書こう

次の本にはどんなタイトルをつけよう

もう飽きたものは捨てていこう

いつでもどんな状況でも 始まりだと思えば

新しい章は始まる

後悔を大切な日々に変えていくために

自分が人生の舵をとる

抜けた

自分が何かから囚われているような感覚になった時には

大抵自分が自分に制限をかけていたりする

何かからの外圧やコントロールがあったとしても

それに従うか従わないか

どの道を進むかは

多くの人間が自分の意思に委ねられている

(悲しいけれどそうできない人もこの世界にいるのは事実)

 

うーんどうしよう、うーんこれでもない

いつもいつも私はこういう風に考えているのだけど(それが楽しいというのもある)

今日そこからふわっと抜けた。

目の前に何かあったとして

それを動かすことはできなくても

見る角度を変えることはできる。

壁だと思ったら扉だった、なんてことがある。

閉じ込められてると思ったら鍵はずっと開いていた。

出来ないと思い込むだけの理由を並べて

そこから動かないでいた。

なんのために!

そして扉を開けた。

いつも勇気を出した一言は、案外すんなり人に受け入れられる。

そういうものだ。いつも自分を留めさせるのは自分。

あぁ、とてもしんどく、そして楽しかった。

さぁ次にしたい事を形にしていこう。

 

希望は死なない

不安の中で震える時に

自分の心のなかにある高尚な部分に意識をあてる

自分の中には沢山の自分がいる

不安な自分 弱気な自分 わがままな自分

優しい自分 ポジティブな自分 頼もしい自分

不安の中で震える時には

自分の中にあるリーダーの自分に声をかける

自分の中にあるリーダーは何を言っている

周りがどんな状況になろうとも

それにつられて不安になる時にも

道が見えなくなった時には

自分の中にある強さに耳を傾ける

自分の中の強さを信じる

あなたの中にあるリーダーは決して希望を見失う事はない

想像するよりもずっと頼もしい部分がどの人間の中にも存在する

配信増えています。

配信についてのお知らせです!

現在配信している曲たちは以下の通りです。

URLをクリックしてぜひダウンロードして聴いてくださいね♪

 

「君がいて僕がいた」

https://linkco.re/VT63fSrP

「涙・それでも生きとしいけるものへ」

https://linkco.re/V5uER6Yd

「弱者」

https://linkco.re/nRzxC2DZ

「叫・仮面の告白」

https://linkco.re/zsnFMfgh

あなたに会うために産まれた。

今日は私の誕生日でした!

産んでくれた父母、一緒に育った姉、どうもありがとう。

そして私が音楽をしたことによって

その音楽がきっかけで沢山の人と出会えました。

確かここ数年は誕生日をふわっとした投稿をしがちだったのですが

今日ツイッターで誕生日のツイートをしたら

沢山の方から言葉をかけてくれて

涙がちょちょぎれるほど、本当に嬉しくて、胸にしみました。

お金じゃなくて、物じゃなくて、

心にある温かい想いを言葉にしてくれる

それが一番の宝物で

その宝物はどんな不況でも、どんな困難な時にも

失くなったりすることは決してない。

当たり前になんてことなく繋がってる関係が沢山あるけど

その一つ一つが代えのきかない一人一人の人生だってこと

その人生の中にお互いが関わりあえてるということ

いつか死ぬ時に、今日みたいなありがとうっていう気持ちで溢れたら

とても幸せな人生だろうなと思う。

心があるからこそ、辛いことやしんどいことも沢山ある。

けれど、心があるからこそ、愛しい気持ちを感じることができる。

私はそれを音楽にして、声にならない心の少しの癒しや力になれたら

こんな嬉しいことはない。

知り合いも家族も友達も仲間も関係ない。

出会えた全ての人の心を見つめて、一緒に同じ時代を過ごしていって

年をとっていく様を見守りあえることが

心を持つ人間として産まれたことの幸せのひとつだと感じる。

本当にありがとうございます!

 

保護中: 「人生の残り時間を可視化して、自分の生き方を見出す」ワーク*シ組専用*

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眠らぬ鼓動

心の底から

少しずつ少しずつ

溜まっていったもの

焦りや不安や憤慨や疑問

噴き出す頃には

大きな怒りになって

誰も声をかけられぬほど

誰の声も届かないほど

私は黙って見つめた

出来るだけ解釈をせずに

その言葉をそのまま心に受け入れた

社会のあちこちにある怒りの声は

どこに問題があるかを教えてくれる

ひとりひとりで作り上げている社会なら

ひとりとして無駄な声はない

ひとりとしていらない声はない

生きているそれだけで戦っている。

【弱者についてのnoteを公開しました!】

「ちゃんとできなくても、起き上がれなくても

それでもあなたがここまで生きてきたことが

あなたが頑張ってきた証。」

https://note.com/shigi_official/n/nc9c6d0edffcd#xbtdn

 

【こちらが弱者のMVです。】

 

【サブスクでも弱者を発表です。】

https://linkco.re/nRzxC2DZ

 

心の不安や苛々を落ち着かせたい時

自分に自信がない時

ぜひこの曲を隣に置いてください。

あなたを辛くさせるものから

少しでも距離を置いて

少しの時間でも安らげますように。

人間は経験するために生まれてきた

久しぶりの投稿になりました。

ちょっと前に体調を崩して(もう復活しました)

その間にツイッターだったりyoutubeだったりを見ていたのですが

イライラやトゲトゲした言葉が増えてきたな、という印象を抱きました。

新しい出来事に遭遇したら、

不安になったり攻撃的な気持ちがわいてくるのは自然な出来事です。

自分を守ろうとか、大切に思っている気持ちがあるからこそ出てくるものだから。

私はその言葉達を眺めながら、自分はどの立場であるのかを考えたりして

考えれば考えるほどその渦中に飛び込む言葉が出てこなくて

結果、体調もあったのですが、言葉が出ずで、更新が止まってしまいました。

 

「今こそ協力しあうおうよ」「人や国のことよりも自分に集中しようよ」

そんな事も言うことはできるのですが

それを私が言ったら

どの立場で困難な目にあう人に対して指示しているのだろうか、と自分に思ったり

こういう時にもっともらしく美しい言葉をいうことで

問題を発信する人や困っている人があげる声を塞ぐことになりはしないか…と思いました。

 

それが政治であれ、自分の生活であれ、自分の街であれ職場であれ

何かしらの問題について発言するのは勇気がいることであり

本来は何も考えずにしている方が楽です。

 

とても個人的な話ですが、私も音楽で昔はよくしょへいと

似たようなことでぶつかりました。

しょへいはシギをよくしようとして発言している

けれど私はそれを「悪く言われている」ととって不機嫌になる。

今はほぼそういう感情的な解釈をする事はなくなりましたが

やっぱり余裕がない時は互いに喧嘩になる事もあります。

 

信じるものは千差万別なれど、自分の生活、社会、国家、世界

なんだとしても今よりよくしようと生きている人を尊敬します。

切羽詰まっている人ほど、危機感を抱いている人ほど

言葉が荒々しくなる人もいるし、

個人的なストレスからそうしている人もいるかもしれないけれど

なんであれ「気持ちを伝える」という事ができるというのは

民主主義にとってとても基本的でとても大事な事です。

 

優しい気持ちでいる人は、つい波風をおさえたくなるけれど

コロナで世界が変動の中にいる今、溢れている言葉の数々に

目がくらみそうになりながらも、誰かの口を塞ぐ言葉を言わないように

私はしたいと心に思いました。

そしてそれは私が黙るということでもない、とも思っています。

でも、こんなに不確かでストレスフルな時期です。

人の言葉を目にしない時間もあった方がいいとも感じています。

どちらだって、自分で選択していい事だから。

 

なぜこんな時代に生まれたのか。

なぜこんな困難があるのか。

なぜこんな悲しい目にあうのか。

私たちはなぜ生まれてきたのか。

壮大な話ですが、全てのものが経験であることは間違いのないことです。

ひとりひとりが自分で経験したこと、そこで感じたこと

それを伝えること、胸に秘めておくことでもいいのです。

出来事を体感して、自分が感じて、どう生きていくかを決め、歩いていく。

その繰り返しが人生になるのでしょう。

だとしたら、この地球に生まれてきたことは

体験をするために生まれてきたともいえるでしょう。

どんな不条理でさえも、経験するために生まれてきたのなら。

その不条理の中で知る些細な喜び、人を愛すること。

憤慨すること、立ち上がること。手を差し伸べあうこと。

何度壊れても、また最初の一歩を踏み出すこと。

何もできない日も、考えてばかりの日も、辛かった日も楽しかった日も

目の前にあることの全てを経験するために生まれてきた。

 

人生は冒険、人生は旅のようなものだとするのなら

RPGの作品は、常に同じ街にはいません。

主人公は成長し、戦う敵も強くなり、ゴール目指している場所を変えていきます。

人生も同じものなのかもしれないなと感じます。

明らかに住む場所がみんな一斉に変動しました。

もうコロナがいなかった時代に戻ることはないでしょう。

それが決まっていた定めなのだとしたら、

沢山嘆いて悲しみや絶望に暮れたあとで

どんな一歩を人は踏み出していくのだろう。

私は、あなたは踏み出すのだろう。

自分が一歩を踏み出しながら、人の歩みも見つめていたい。

生きている限り、人間は何かに破壊されながら(自分たちで破壊しながら)

また再生に向かって歩みを進めるものです。

自然災害の多い日本の人は、

昔から何度も世代が変わっても乗り越えてきたのでしょう。

この事で何かを言い切ることはやはりできそうにない。

ただ、人間は経験するために生まれてきたと

今回の事で私の価値観に強く刻まれました。

まとまりが弱いですが、今日はここらへんで。