然様なら

十月三十一日。晴れ。

七五三の写真撮影スポットがあったので

人が全然いなかったので

私が代わりに撮っておいた。

めるに草のお家をプレゼントした。

全然顔がわからない。

また食欲がいまいちだったので強制給餌。

今回はわりと早めにしたので夜からは

少しだけ自分で食べ始めていた。

季節の変わり目だし寒いしにぇ。めるじぃ。

十月さようなら。駆け足で。

ラジオだよ。

北極星

十月三十日。晴れ。

寒いと私が文句を言う季節になりました。

衣替えしたら服の少なさに愕然。

私とハロウィンは無縁。

ハロウィンに仮装した事はないように思う。

騒がしくこれが終われば

次の皆がやるイベントものはクリスマスで

その一週間後にはお正月。

その間に私は魔界と渋谷のライブ。

をしながらシ組のリニューアルと制作。

想像できることはしてもしょうがない。

過去と同じ事をするつもりはない。

常に新しい道を行ってみたい。

しかし私生活は同じことの繰り返しが好き。

この相反するふたりにたまに苦しめられる。

それも込みであり。

 

驚きを忘れない。

十月二十九日。晴れ。

歯医者の帰りに

親子連れの横を通り過ぎようとしていた。

三歳児くらいの子が

私を指をさして何かを言っていた。

私はイヤホンしていて

何を言ってるか聞こえなかった。

私は指をさして何か言うほど

何か目立っていたのだろうか。

少し疑問がありながらも可笑しかった。

穴の開いたパンツを履いていたからだろうか。

以前ファミレスで

穴の開いたパンツを

すごく驚いた顔で見ていた男の子がいたな。

子らよ。

これもファッションだ!

綺麗なばかりがファッションじゃないぞ。

綺麗なものと汚いものの組み合わせ。

高価なものと安価なものの組み合わせ。

そこに人の個性とセンスがでるんだ。

よく覚えておけ!

今日の小さい子が

服装を言っていたかは定かではないが。

世の中には君らの想像を超える

色んな大人がおります。

醜いほどに美しくなる

十月二十八日。晴れ。

悲しみを編み込んだ繭の中で

膝を抱いて眠る

君の低い声が

随分落ち着いているのは

悲しみというより

諦めという成分が強いのかもしれない

それが耳元から入ってきて

僕の胸に纏わり付いて離れないよ

君の世界はなんて静かで綺麗なんだろう

誰の声もしない

君以外はここにいないんだね

誰も知らない新雪のように

守られてきたんだね

君の世界が好きだよ

君の声に意識を集中させると

僕の中から何もなくなるんだ

必要なものもそうでないものも

全てが剥がれ落ちて

僕の肌には君だけが触れているんだ

全てが君で満たされていって

僕はその世界の中で窒息してしまいそうだよ

それがたまらなく心地良いんだ

もうそこから抜け出したくなくなってしまうくらい

君の重力に惹かれていくのがわかるんだ

ひとりの部屋。

十月二十七日。晴れ。

朝十時。

とりたかったチケットがとれた。

歓喜の舞。

またまたのZEPP東京。

歓喜冷めやらぬまま速攻チケットの発券にいったら

明日からだった。

どんなステージが見られるか楽しみだ。

照明を浴びる影が濃い。

祝い

十月二十六日。

光のイベントにいってそこで塗り絵があったので書いた。

みんな仲良し。

十キロ近く歩いてへろへろになったけれど

充実した日になった。

本日は短くここらへんで。

言葉を感じる

十月二十五日。晴れ。

喫茶店に行き会計していると

店員の方にインナーカラーを褒められた。

どこの美容室に行ってるかとか

色落ちについて聞かれた。

その方はすぐに色が落ちてしまうようだった。

まぁ、綺麗な心を持ってると私のように落ちづらいですね

とは言わずに無難な返答をした。

知らない人との雑談楽しい。

その後、調べ物があり本をかりた。

目的ではなく

その場で読みたいと思った本をかりる事が

私は好き。

ふと一年に何冊読んでいるか考えた。

百冊はあまり自信がない。

五十冊は読んでるだろうな。

五十から百の間くらいだろうか。

タイトルを見ているのだけでも楽しい。

数ある言葉の中から

選ばれたその言葉。

そこからその人の世界観を感じられる。

言葉が好きだな。

その人を形作る言葉。

怒りや悲しみの扱い方。

十月二十四日。晴れ。

今月は何回か喧嘩のようなものがあった。

ずいぶん自分が変わったなぁとしみじみとした。

昔は人と口論しているとヒステリック気味になったけれど

最近は怒ったり悲しくなったりしながらも

それを眺めているもうひとりの自分がいる。

 

自分の気持ちを意識して観察するようになってから

移ろいゆくものなんだなということがよくわかる。

いつまでも最初の気持ちでいる事は少ない。

あぁ言ったけど、本当はこういう事もありえるよな。

相手の気持ちも決めつけてたけど

本当は違うかもしれないよな。

そうやってひとつの出来事から、

いろんな見方ができる。

 

その見方にどれくらいバイアスがかかっているか

これはかなり思い込みに近い見方だな

これはわりに相手寄りの見方だな

などひとつひとつ見ていく。

人の気持ちは移ろいゆくものだと感じてからは

その時の気持ちを感情重視で言わないように

気をつける場面もでてきた。

今この瞬間、憤慨して爆発したくても

時間は流れていく。

その時の爆発はきっと長く続かない。

その時の気持ちで一回壊したものは

もう戻らないかもしれない。

後悔の方が長く続くかもしれない。

それなら今もう少し冷静になろう。

という自分がでてくる。

この言い方は無駄に傷つけるかもしれないから

なるべくしない方がいいからやめよう。とか。

 

そんな事を書いていると

だいぶ理性的な生き方に思われるかもしれないけど

そんなことはない。

嫌なことも悲しいことも苛立つこともある。

多分私は他の人よりもそういう感情を抱きやすい。

これはもう避けようのない感情なんだなと思う。

避けたら、何かが死ぬように思う。

闇があるから光がわかる。

 

だから心の鈍い痛みも

逃げないで感じてみようと思う。

感じきらないでいると不安や恐怖がうまれてくる。

感じきってみると

案外に受け止められるものだなと

自分に少し自信と親近感がでてくる。

嫌な自分も、逃げたい自分も

ちゃんと自分と付き合ってくれる自分がいる。

理屈や観察の結果よりも

最初に感じた自分の気持ちをまず大切にしてあげる。

そして相手には

最初に自分が感じたことをなるべく正直に伝える。

悲しいとか、嫌だったとか。

「こんなことが嫌だなんて、小さい人間だな。」

「我慢できないのかよ」

そう自分にいってくる自分もいるけれど

そうやって自分の気持ちを押し殺すと

どんどん事態が複雑にねじまがってしまう。

 

だからシンプルに

そしてなるべく早く伝えられるように。

ちょっと恥ずかしくも思うし

なかなか勇気がいることだけれど。

最近そんなことを考えている。

目的は相手を変えることじゃなくて

自分を知ってもらうということ。

その逆も。相手の気持ちを知ることで

それならこう形を変えようとか

この言い方は今後はしないようにしようとか

そうやって相手との居やすい空間を作っていく。

そのためのぶつかりあいだと思うと

すごくいじらしく愛おしいやりとりな気がする。

人間らしいなぁと思う。

自分の形だけを突き通すでも

相手の形だけを突き通すでもなく

伝え合って、試行錯誤して

お互いの形を作っていく。

自分の好きなこと、嫌なこと。

相手の好きなこと、嫌なこと。

なるべく素直に丁寧に伝え合って

その積み重ねで

かけがえのない関係ができていく。

そのためには時間もぶつかりあいも必要なんだな。

 

なんのぶつかりあいもない関係は楽だけど

こうやって自分や相手の気持ちを深く考えたり

学んだりすることも少ないだろうな。

全部の人付き合いでぶつかりあう事はないけど

近しい人達とは

きちんと付き合って形を作っていきたいって思った。

そんなことを思った十月。

絶唱。

後ほど今日のブログを書き直す。

十二月には久しぶりの東京で公演が決定です。

今年は内省的生まれ変わりイヤーだったため

もうこれで良いお年をの挨拶なんて早すぎる。

ぜひ会いにきてください。

出演時間はわかり次第お伝え致します。

チケットはticket@shigi.netまで

お名前と枚数を記入のうえ送信してください。

代わり

十月二十三日。曇。

全ての事実を自分の中で受け止めて

形に変えていく。