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自由な心を守るために。

https://www.instagram.com/tv/CDI4Ynen79K/?igshid=17o47yfkuwkg7

オカシオ=コルテス議員は、ヨーホー下院議員に

「このビッチ」と言われたことを受け演説を行なった。

その言葉たちにとても胸を打たれた。

上記のURLは日本語に訳されたものなのでお時間ある方はぜひ。

 

彼女はこう訴えた。

「今回のヨーホー議員の発言は

セクハラを軽んじる文化、

暴力や暴言を許容する文化、

それを良しとする社会権力構造の問題がある事を公にしてくれた。

これは今に始まったことではない。

子供がいること、嫁がいることは立派な男性という証拠にならない。

尊敬と品位を持って他人と接する人が立派な男性なのです。」

 

彼女の演説は、自分が侮辱されたという怒りよりももっと大きいこと

今まで、そして現在も続いている人を侮辱しても良い社会について

理路整然と言葉にして語っている。

それによって今まで仕方がないと諦めて声をあげなかった女性の代弁として

多くの人の心を揺さぶるものだったと思う。

 

「ヒステリックな女は更年期。もしくは生理中?」

「女は黙ってる方が利口だ」「本当の被害者は声を出せないもの」

こういう言葉はそんなに珍しいものではない。

「黙ってる方が賢い」というのはかっこいい言葉として使われることも多い。

男性もそうだろう。

「男が泣き言なんて情けない」

「男は背中で語るもの(これはさらに古いけど。笑)」

「男、女はこうあるもの」「こういう言動ははしたなく情けない」という謳い文句が

人々の口を塞いできた。

 

フェミニストの中には、怒り狂っている人がいる。

確かに怒り狂っている人に人はなかなか耳を傾けたい気にはならない。

「フェミニスト=ヒステリック」とみられることもあり

「私はフェミニストではないんですが・・」とわざわざ前置きとして

自分はあのようなヒステリックな人ではないが、と断りを入れる言葉も見かける。

 

しかしなぜ、彼女達は怒っているのだろうか。

なんの理由もなく人は怒ったりはしない。

彼女達が「被害にあった悔しさ悲しさ」に怒っていることもあるけれど

彼女達がその事を告白すればするほど

通りすがりの第三者から

「あなたにも悪いところがあったのでは?」「証拠をだせよ」と

何人もの人から疑いの気持ちで目を向けられ(しかもその人たちははなから彼女達を否定する気持ちで質問をしている。)

心無い言葉をぶつけられる。

そんなことが続いていたら、それは怒るだろう。

そんな彼女達に対してさらに

「怒ってたって伝わらないよ、伝えたいなら言い方があるでしょ」というのは、

あまりにも酷なことではないだろうか。

 

私は、彼女達が怒るに至った理由を知ってからは

どんなにキレている人がいたとしても

その言葉を真摯に聞かなくては、と思うようになった。

ポッとでの他人である私にできることは

なるべく自分の先入観や偏見を捨てて、

訴えている人の言葉を真摯に受け止めることだ。

「聞いてやる」ではない。

「聞かせてくれてありがとう」だ。

辛い経験を、同じような目にあう人を少なくしたいという気持ちから

話す人もいる。

それは被害にあった人の問題ではない。

社会を構成する全ての人にとっての問題だ。

 

そして私は言葉を扱う人間だ。

言葉はさっきのように、人の口を塞ぎかねない。

かっこよさそうな言葉が、実は人の自由を侵害している可能性がある。

そんなことをよくよく自分に突きつけた。

悪気がなく人を傷つけてしまうことは

生きていると沢山ある。

だから、何をしたら人が傷つき悲しむのか

彼女達のように訴えてくれている人から学ぶしかない。

告白してくれる人がいるというのは、それだけ貴重で

ありがたいことなのだ。

 

誰もがみようとしない事実を突きつけたいという願望が

私の中には存在していたけれど

それが私ひとりよがりで

それが誰のことも幸せにしないのなら

そんな事実の告白などいらない。

誰かが苦しんだり傷ついたりしていることを

または誰かの自由が侵害されていることを

告げるための事実の告白でなければ、と私自身に思った。

私も、私以外の誰かも、幸せに生きていけるために

これが私の人生だと言えるような道を歩むために

私は歌おう。

 

全ての人に、自分の言葉を話す権利がある。

自分の意思を持ち、それを語る権利がある。

年齢、性別、国籍を問わない。

全ての人間になければならない。

それは守らなければ、簡単に侵害され利用される可能性がある。

実際に侵害されていることがこの世界には沢山ある。

人の自由と幸せを想い祈ろう。

そして私は歌おう。

 

大切なものは減っていく。

数年前、私は根無し草みたいにふわふわしてた時期があった。

その自分を変えたいと思ったきっかけになる出会いがその時にあった。

今もその人から多くのことを学んでいる。

 

でも、その人から直接何か教えてもらった事はない。

昨日のブログのように、アドバイスを受けたわけでもない。

ただその人の考え方や姿勢を近くで見ていると、大きな学びがある。

 

 

その人は、大切な人とだけ関わりあいたいと思う人で

その大切な人との関係性を大切にしたいから

自分の気持ちをぶつけるよりも

相手を受け入れて大切にするという生き方をしてるように見えた。

 

当時の私はふわふわしてるくせに我が強かったから

自分をぶつけるような生き方を(恋愛とかでも)していたり

そんなに楽しくない飲み会でもノリで参加したりしていた。

 

我が強いというのは、自分を生きているのとは意味合いが違くて。

我が強いは、「突っぱねる、自分は正しいと思っていたい」

というある種のもろさの表れでもあるな、と感じた。

自分に自信がないから、自分を守るための手段というか。

 

自分を生きているというのは、自分の弱さや間違いを受け入れた上で

自分にはそういう側面もあって

その上でどう自分の本分を生きるために今をどう行動していこうか、と

思える姿勢かな。

今の段階ではそう位置付けている。

 

ある映画のセリフで

「あんたはね、昔から大切なものが多すぎるのよ。」

「本当に大切なものは、増えるんじゃなくて、減っていくんだ」

というセリフが、当時は理解できなくて

でもどこかずっと自分の中で引っかかっていた。

そのセリフの意味が最近腑に落ちていってる。

 

大切なものは減っていく。

当時はそれをネガティブな意味合いで感じていたけれど

前にブログで書いたように

愛というのは命という時間を対象にどれだけむけたか

という内容に合致している。

時間は限られている。

だからこそ本当に大切にしたいものに

自分の時間を使っていきたいと望み、実際に行動していく。

 

自分の命を削っても惜しみないと思えるもの

それは、そんなに沢山存在するものではない。

そう思えるものと出会えたことだけでも奇跡のようなものだ。

人間でも、夢でも、目的でも。

 

だからこそそういうものと出会えたら

不必要なものは削ぎ落としていって

対象に集中するのだろう。

人生が有限であることを知っているから。

それは覚悟なんだろうと思う。

この人と生きたい

この夢をかなえたい

この目的にたどり着きたい。

そう淀みなく願う時

覚悟は決まるのだろうな、と思った。

いるものいらないもの。

うーんねむい。

ここ最近の明け方の雷雨!

まるでルーティーンのごとくに。

眠りづらい日々でした。

 

 

そんな昨夜「これを話したい!」と思う事が

寝る前にふぁー!と出てきたので今日は早速録画。

来週あげようと思ってたyoutubeは再来週にして

これを来週あげるだ。

 

先週、昔からの付き合いの友人と会って色々話して。

盛り上がりすぎて5時間くらい話した気がする。

お互いの近況を話し合ったりして。

その中で私のyoutubeおはなし動画を良きと言ってくれたので

動画について相談したら「週に1回くらいであげたらどう?」と

お答えを頂いたので、それを取り入れて早速翌週から週1スタートを始めるという

スピーディー採用の私。

 

私は「自分を生きる!自分の考えで!自分に集中!」とよくいってるから

自分で考えて答えを出して動いて自分でまわしてるように

思う人もいるかもしれないけれど

自分だけで成り立ってるわけではもちろんなくて

人の話してる事とかやってることを見て取り入れることも沢山あるし

特に信頼してる人に相談して返ってきた返事はすぐ採用したり

自分にないものは人から頂いて混ぜてやってみる

というのをしている。

 

自分の中だけで生まれる、できることなんて

ほとんどない、くらいに思ってる。

だから人の話、考え方、生き方をみることは

私の中で貴重。

 

んがしかし

「あなたのためを想ってという名のコントロール」をしようと

聞いてないのに勝手にしてくるアドバイスは問答無用でゴミ箱にぽい。

なんでかって!?

聞いてないからさ!!!!!!!!

 

そういうのって大体どこかで聞いたことがありそうな

もっともそうでいてかつつまらないアドバイスしかないのさ!!!!

求めてもいないのに勝手に踏み込んでくるならどうせなら面白いこと言っておくれ。

 

よく「人の言う事は聞いといた方がいい」みたいな言葉って

ちゃんとした人風に聞こえるけど

いろんな人のいろんな意見をいちいち真に受けてたら散漫になってしまうよ。

私が意見を採用するのは「信頼してる人」か

「すごいな、良いなと思う生き方をしている人」の話。

あとは「それ私になかった!面白い!」と思った意見。

 

そんなわけで友人からのお言葉をありがたく頂戴し

今後週1でおはなし動画をお届けしようと思います。

 

保護中: 望む人生を達成するためのヒント *シ組ワーク

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今ないものを取り入れる。

youtubeでのおはなし動画アップです。

毎週アップしていこうと思いまーす!

お前の本分はなんだ。

ここ数日は傍目には地味な生活だったけれど

心の中は結構大きな変化を感じていたな。

ある描写を目にしてから

それがたびたびに頭をかすめた。

なんでこんなに気になるのだろう。

理不尽だからか、不憫だからか、哀れだからか。

誰かが確実に苦しんで

声をどうあげていいかもわからない時

声をあげても踏み潰されるさまを見たとき

お節介はヒーローの本質だと言う言葉を思い出した

私はヒーローにはなれないけれど

腐ったものを見ないふりしないことはできる

ここでいうお節介は

自己陶酔からくるアドバイスなどの類ではない

自分を超えた所に存在するものだ

生身の体を使おうとするものだ

その出来事が私に問うている

お前の本分はなんだと

望まないゲームからは降りて

本分と顔を突き合わせる時が来始めている

そんな感覚がした

自分を引っ張ってくれているような気がする

覚悟という類のもの

腹をくくれと

花咲く

昨日描いた新作たち。

下はペインティングナイフの良きところを出せた気がする。

 

今日は自分のことではないんだけど

めちゃくちゃ嬉しい&安堵する出来事があった。

人はひとりじゃないんだな、というか

近くにいる人がそう(ネガティブな意味でひとりだと)思わなくてもすむように

自分ができることをしていこうと思った。

歩き出す。選択し決める。それは自分のやることだけれど

サポートや提案をしたり安らぎになったり勇気付けられたり

他人によってもたらされることは沢山ある。

でも世の中にはそうじゃないことがありすぎる

その事実を昨夜突きつけられたような気分になった。

自分の本分に集中する。そこからできることがほんのすこしだとしても。

地道なことを重ねていく。プライドはここでは役に立たない。

気持ちは軽く。

思った方に

髪を切る&試してみたかったワックスというものをお願いする。

ツイッターにあげたら

すごい久方ぶりの方々からもいいねをもらって

やってみたかったことだったから嬉しかった。

ありがたーーーーーゃ!!!!!!

本当はもうちょっとぴちっとやりたいんだけど

毛量的に私がやりたいのはベリーショートになるらしい。

ベリーショートはまだやりたい欲がでてないからなー。

帰宅してから二枚絵を描いて、夕飯の支度。

最近コバエが発生して私は発狂しそうなのである。

今までは虫除けの優しい自然素材の液体を振りまいていたが

「殲滅してやるうううううう!!!!!!」と

鬼のような私になってしまっているので

コバエホイホイを買おうかと思う。

すまん、殺したいわけじゃないんだ!

しかし君たち、話が通じないだろ。。

虫とも話ができれば良いのだけど。

寝る前に疲れがどっと出た。

先週今週と都内や病院にいく用事が重なったためと思われる。

昔はそれが普通だったから疲れも普通だったけど

最近は敏感になったのかこれが通常モードなのか

ダイレクトに疲れをちゃんと感じられるようになった。

やはり私の夏休みという名のお試しをしているけれど

詰め込まない方が合ってるかもしれんな、などと自分で自分に学ぶ。