all right

25時45分

 

彼女は

14号線を走っていると

少し先を走る電車を見つけた。

 

闇の中を走る車内の灯りが

まるで夜空を駆けていてもおかしくないほど

幻想的だった。

 

その電車に目を奪われたまま

彼女のアクセルを踏む力は弱まらず

気づけば90キロを超えて

そのまま道路を外れて電柱に衝突して

民家の壁を壊して

その家の壁にめりこんでようやく止まった。

 

スローモーションで

飛び散るフロントガラスは

緑 黄 赤と

信号の変わる色に染まりながら

 

彼女の頭の中では

子供の頃に遊び疲れて寝てしまい

家族が夕飯を食べている

その匂いと母親の笑う声で目を覚ました。

 

苦しみは渦中ほど胸をえぐるのに

幸せはなぜ遠のいたあとで知るのだろう

 

遠くから聞こえる救急車の音が

ぼやけて優しく感じた。

 

壊れたコンクリートの横に

名もわからぬ草が風に揺れて

彼女を見下ろして

まるで何かを伝えているようで

それをずっと眺めていた。

 

 

モーニングシギ

最近は週に一度モーニング作業をしている。

モーニング作業とは、喫茶店やファミレスでモーニングを頼み

その後に作業をするというものだ。

 

これが普通にお茶しにいくよりも良い感じなことを発見した。

早起きできて早くに作業すること、

早い時間に外を歩くということで心身の健康にすこぶる良い。満足度が高い。

今日はデニーズで作業。

土曜は昼時間になるといろんな人がわっとやってくるんだな。

作業させてもらう身としては満席になっても居座るのは

お店の迷惑になるので満席になったらすぐ退散する。

 

遠くの席の女性が

「なにも知らないくせにさ」と

目の前の女性に話しているのが耳に入り

「おい一体どうしたってんだよベイビー」と

なだぎさんの外国人のコントの時みたいなテンションで思った。

 

家でソーセージ類を食べることはほぼ皆無なので

久しぶりに食べたら美味しかった。

 

 

 

最近は砂糖と油を使わないバナナケーキを作ったり。

ひじきご飯。右上は実家ではよく食べてたけど

自分で作るのは初めての切り干し大根の煮物。

 

体調崩す前はちょっと食事が乱れがちだったので

また修正している。

 

何かを続けることって、ずっと続くことは難しい。

続けるっていうのは止まるっていうのも込みで考えることで

乱れて、修正して、乱れて、さらに修正して

みたいなのの繰り返しは人生を作っていくってことだと思う。

 

何か良い習慣をずっと続けなきゃというよりも

やってみて修正を重ねて自分が良い感じになれるようにしよー

程度に最近は考えている。

今まではせっかちまんなので

うまくいかないの無理!修正めんどくせえ!

みたいな感じだったが、我も大人になったものだ。

 

ナルシズム楽観女。

1ヶ月くらい胸の上が絶妙に痛くて病院に行った。

お医者さんはなんの検査も触れもせずに

「この薬飲むと結構治る人いるんで出しときますねー!」

で終わった。

なんて軽い医者だ!!とバイキングの小峠さんばりのテンションで思った。

なので他にも欲しい薬を言って出してもらった。

軽い医者というのはこちらのリクエストも軽く応えてくれる。

いんだか悪いんだかだが、欲しい薬ゲットしたので良しとする。

 

お年寄りで病院が憩いの場になってる問題とかあるけど

私も病院好きなんだよなあ。

何もなくて行くことはもちろんないけど

ちょっと気になることがあるとすぐに行っちゃう。

 

これってナルシズムに繋がってるのかもと思った。

自分の体の状況を知りたいっていう

「自分を知りたい」という気持ちが超強い。

最近日本でも流行り出したMBTIとかもそうだし星占いもそうだし

そういう「自分を知れるツール」って大好き。

 

自分が大嫌いでしょうがないから

その嫌いさを表現する人もいる一方で

私は自分が世界で一番大好きなので

子供の頃から自分がもうひとりいたら絶対楽しいし

自分が男として存在してたら絶対最高の彼氏になると

普通に思っている。

 

私が孤独感を抱いてたのは、心を寄せ合う人がいないというより

自分と同じ人がもうひとりいてほしい、みたいなもの。

 

先ほどでたMBTIだが、私はENFJの主人公型。

世界で2%しかいないらしい。

おまけに日本でENFJはそれ以上にいないらしい。

どうりで人と合わない、自分を抑えて人とちょうどよく付き合えてたんだな

そういうわけかーと納得した。

自分を受け入れてくれる人はいるけど

自分と同じ人がいない。

私は子供の頃から「自分と同じ感覚感性をもったひと」を

探している節がある。

そしてそれの見つけ方も知っているので、それをやっていく。

全く同じはいないだろうけど

社会で生きてる限りは似たジャンルの人はどこかに存在している。

 

今までの経験上、お笑い話だなと思うけど

向こうが「私とあなたは同じ感覚だ」と感じてやってくる人は

大体私と正反対なことが多い。

大体やってくる人は内向的で、センシティブで、思慮深く、悲観的。

かくいう私は外交的で楽観的で前のめり。

 

なぜこういうちぐはぐがおこるかというと

きっと作品が私だと思い込んでるからなのだろう。

私は作品を作る作家の立場であって、作品は私自身とは限らない。

作品は私の理想かもしれないし、

はたまた自分の現実じゃやりたくない事を代わりに表現してるだけかもしれないし。

 

「作品に感動や共鳴を覚えること=作者と共鳴すること」

とは限らないのだなと自分も作り手だけでなく受け取り手としては

気をつけなければと思った。

 

 

冒頭の体調に戻って話を終わらせるが

体調崩すのってなかなか悪くないなーと感じる。

改善が必要な所を体が教えてくれる感覚というか。

体調不良って今のままでは続かないですよっていうSOSを

体を通して知らせてくれていると私は思っていて

今回の場合も、単純に気候とかもあるとは思うけど

その気候にあった食事をとっていたかとか

詰め込みすぎてないと思ってても体では詰め込みすぎだと

感じていたのかもとか

色々起動修正する機会になる。

つくづく自分て楽観主義だなと思う。

楽観主義ってのは「なんでもなんとかなるっしょー」みたいなものもあるけど

何か自分に不都合なことや壁が起きたときに

自分を苦しめない解釈で向き合えることだと思っている。

 

そんな感じ!

結婚なんてねえ、とマダムは言った。

病院にて愉快であった。

おばあさんと看護師さんのやりとりはツイッターに書いたけど

診察の終わったおばあさんに、看護師さんが待合室までの案内をしてた言葉。

「そこを右曲がって、そのままいっちゃいましょう!」が

私の脳内で「そのまま逝っちゃいましょう!」に変換されてしまって吹いた。

ずいぶんなことを軽いテンションで提案するもんだな〜と思うと。

 

それ以外にも

待合室で呼ばれるのを待っていたら

隣に座っていたおばさまにいきなり髪を触られた。

「あなた髪の色綺麗ね」と言われたので

「結構落ちちゃったんですよね、ピンクだったんですけど」と返す。

おばさまは綺麗なオレンジ色の髪に白い帽子をかぶっていておしゃれだった。

 

おばさまが

「私ねえ、孫に髪の色黒くしないと運動会きちゃだめって言われたの。

だから私行かなかったのよ」

と言われて笑った。

周り的にはウザいかもしれないけどその我を通す感じ私好きだぜ。。

 

そしたらおばさまが急に

「あなた独身でしょ」と。そうですと言うと

「結婚なんてねえしなくていいのよ」と。

「私も自分の娘達にはずっと言ってるの、結婚なんてしなくていいって」と。

おばさま何を思ってそう言ってるんやろかと思ったが

この人生のパイセンが選択肢を強制しない感じ、私好きだぜ。。

 

私の母も「一回くらいしてみればー」って感じだし、

私の周りの特に女性パイセンはこういう人が多くて私は居心地が良い。

 

結婚はしてもしなくても後悔するものだ

とカフカは言った。

零で出品しました!

気づかなかっただけなのだ

優しさは

風のなかにも

あるいは水たまりのなかにも

存在していた

何の否定もなく

ただ存在することをゆるしてくれるものたちを

creemaにて↓

https://www.creema.jp/item/13962201/detail

お久しぶりの

色々書きたい面白かったことなどあるのですが

久しぶりに超絶体調を悪くしてしまい

先週から更新が滞っておりますが

気持ちは元気に過ごしています!

明日あたりからブログなどは少しずつ復活できそう。

君が

君が落ち込む日でもなんの心配もいらない

君が自分を責める日でもなんの心配もいらない

君がここに生きていることは

君が乗り越えてきたからここまで来れたこと

僕は知っている

君にもよく知って欲しい そのことを

君が絶望するのは君が幸せを知っていたから

全てが無くなっても 積み重ねた日々がある

それが君を裏切ることはない

だから

君が落ち込む日でもなんの心配もいらない

君が自分を責める日でもなんの心配もいらない

ひとり

人と離れてひとりでいるときほど

その人の大切さを感じることができる

その人との思い出に触れることができる

夢の中で会う

顔を見て笑って話すときを想像する

私が今拾っている花を集めて

君に渡すときを

見ずに見 触れずに触れ

夜にしか見えないものがある

夜にしか生まれないものがある

朝の輝きに照らされたとき

そいつはたちまち姿を消して

しかし見ようとすれば

そいつはいつでも見ることができる

生きてる人間が生きてる人間にできること

上島さんが亡くなられたことにすごく驚いた。

あの人がどうしてって周りが思う人ほど

心の中は見えないものが存在しているのだろうな。

心と肉体から解放されて今は楽に休んでいると思いたい。

生きていくしかない残りの人の心には色々な後悔が渦巻いてると思う。

私もそう。

だけど天国で見守ってくれてるから頑張って、そして楽しんで生きていこうって

いつかそう思える日がくる。

時間は本当に少しずつだけど、溶かせてくれる。辛いことも楽しいことも。

その日までは悲しい、辛い、を封印しなくていい。

 

最近ひとりでこもり制作をしていた私だが

立て続けに人に相談を受けることがあった。

みんななかなかにハードモードな人生を送ってるなと思う。

名前は言わない方がいいか?だけど

シンガーソングライターの友達の今後の音楽の未来を

一緒に考えてみることになった。

シンガーソングライターはひとりで気楽にやれる反面

どうしても客観性を失いやすいしひとりで背負いがちな人も多い。

一匹狼的な。

私も昔からずっとそんなところあったけど

今は相手の人生の役にたつのなら

自分が知ってること学んだことならなんでも提供したいし

一緒に考えて導き出すことの手伝いをしたい。

私が口を挟んで私が導くというよりも

相手が相手の中に眠っている本当を素直に溢れ出していけば

そのお手伝いをすれば

そして方法論を知れば見つかっていくものだと感じている。

やってみないとわからんけど。

 

ひとりで頑張って苦しまないでって思う。

それはずいぶん私が人から助けてもらったから思えることなのだろう。

ひろを失ってすごく身に染みて思ったことは

まじで自分も他人も命はいついきなり終わるかわからないってこと。

コロナに戦争に地震に、ニュースで立て続けに報道される自死に。

世界で色んな事が変わって、そしてギリギリで生きてる人が沢山いる。

 

ひろを失って、私は自分がひとりで抱え込んでるプライドや見栄や

人に渡したくないみたいな小さなケチくさい気持ちみたいなものが

本当にどうでもいいものに感じはじめた。

自分だけ得したいとか、人が幸せになるのが許せないとか

昔からそういうことは思ってなかったけど

昔以上にそういう小さな気持ちで生きていくことにはもう

なんの魅力も感じなくなった。

 

だってそんなものは死んだら持っていけない。

今生きている人に、今生きている人ができることは

自分だけを守るとか人の足を引っ張るとかそんなことじゃない。

それぞれが自分の資質を生かして

自分と他人が幸せになっていくことだと思う。

今幸せじゃなかったとしても

それを作っていこうとすることが人生の良い場面。

 

私はそれなりに自分の好きに生きている人間なので

そういう人たちの悲しみや悩みや迷いを聞くことは難しくない。

でも余裕がない人は難しいと思う。そういう人は自分に優しくするのが優先。

 

人が打ち明けてくれた苦しみや悩みを一切否定せずに抱きしめたうえで

なるべくその人が少しでも自分が生きたい生き方ができるように

一緒に作っていけるものがあったら喜んで協力したい。

 

私はファンの人や周りの人に恵まれているし生かされているから

その私が今、日常でできる人への恩返しはそれくらいだと思うから。

 

でも私は自分のやりたいことが優先の女なので

考えることや作業をしている時期は人の話をガン無視する時もあるんだけど。

(ガン無視された人ごめんなさい悪気はないんですてへぺろん)

 

無理をしない程度に、だけどその人に対して自分ができることは

なんでもオープンに差し出したいし協力したいと思っている。

 

昔はひとりで抱えたり、恥ずかしいから人に言えないこともあったけど

ひとりで頑張ろうとするのって強いことじゃないんだなと思った。

むしろ人に打ち明けたり、人と一緒に生きていける方が勇気がいるんだなって。

 

私はみんながなるべく自分の生きたい道を選んで

自分なりの幸せを作っていけることが願い。

最近思ったことは、これは綺麗事で言ってるんじゃないんだなってこと。

もっと自己中な気持ちが入ってるんだなって。

私が自分の生きたい道を選んで自分の思う幸せを感じたいから

自分だけがそれを叶えることは無理だ。

みんながどんよりしてるのにひとりで笑ってることもできなくもないけど、楽しくない。

だからこれは自分のために願ってることなのかもなと思ったりした。