私たちは誰かを救う前にまず自分を救わねば!

気を確かに更新しました!

「私たちは誰かを救う前にまず自分を救わねば!」

画像をクリックするとページに飛んでいけるはず、、!

膨大なストレスに押し潰される前に自分救い出すための行動とは何ができるだろう。

自分の不幸のうえに成り立つ他者の幸せなんて幸せじゃない。まずは自分を救い出す。

他者や家族の幸せのためにも。

うさぎのようにぶっ跳んで

明けましておめでとうございます!

本年も宜しくお願い致します。

年末年始はいかがお過ごしでしょうか。

 

私は31日はRIZINをめちゃ楽しみ

勉強しながら年越しをしました。

今日はポッドキャストの打ち合わせ&録音&編集で

一日が終わっていきました。

 

いつもと変わらない一日の過ごし方ですが

なんだかそっちの方がしっくりきているので

変わらない日々を楽しんでおります。

 

今年もきっと昨年同様いろんなことがあると思いますが

これを見ているあなたが素敵なこと満載の一年になるという

ツイッターでもインスタでもブログでも呪いをかけておきましたので

今年一年は幸せに過ごせることと思います。

 

最後に私はうさぎ年なので年女です。

そしてめるちはうさぎなのでうさぎ満載です。

90歳超えのご長寿めるちを載せておきます。

「根!!!!!!」

今年の私の漢字は「根」です。

みなさんはなんでしょう。

 

根にした理由のひとつは、

歯の根の治療に苦しんだ時期が長かったということ。(歯医者さんのおかげさまさまで今はだいぶ楽になりました)

もうひとつは根っこを生やすことに集中したこと。

 

根っこを作る作業というのは地味なもので

表立ってバーン!と派手にやるというよりも

ひたすら今後についての基盤作りなので地味も地味よ。

だけど、この時期をなくして土づくりや根っこを大切にする作業なくして

バーンとやってもそれは一過性のものでしかないということを

今まで痛いほど学んだので、今年は地道に過ごしました。

 

そんな今年を振り返ってみよう。

 

一年のはじまりはひろのお別れ会からはじまって。

手紙は初挑戦となる小説形式でのお届けになった。

コラージュも初めてやった。

シ組ライブはコロナとの付き合い方もわかってきて

久しぶりの開催ができた。

とらさんのバースデーにお呼び頂きカバーを

あまねくんととらさんと二曲歌ったり。

久々にあまねくんに会えて嬉しかったー!

地道な日々だったけどひとつだけ芽をだせたのは

ポッドキャスト「気を確かに」を始められたこと!

始めるに至るにも表紙のデザインにも結構時間をかけました。

これらはボツになったものたち。

 

最初はシギ画伯による絵にしようとした。

ミッドサマーのオマージュをやってみたり。

なんかちげーなとなって

気を確かでいられなさそうな状況ということで

卵を落とした瞬間を撮影したり

いやこれもちげーなとなって

しょへすんにバトンタッチして

こういうものを作ったすえに出来上がったのが

こちら。

このようにひとつのジャケットだけでも

色々試行錯誤を繰り返すんでやんす。

 

もちろん内容も簡単にぱっぱと話す内容ではないので

毎回台本を作っていたらその負荷がでかすぎて

途中でストップするという事態もありながら・・・

 

お茶会2回とシ組会合&ミニライブをしたり

 

初クリパルヨガ体験をしたり

 

ゆったんの悲しい報せを聞いたり。。

このゆったんの絵がまじで悲しくないのがゆったんらしい。笑

誰かが腕にシギって書いたの誰が書いたんだろう。。謎すぎる。笑

零ではバックがなくなったのでミニ袋を作ったり

姪っ子の誕生日プレゼントにフェルトでぬいぐるみ作ったり。

演劇を見に行ったり。

今年かなり印象にでかかったのは死刑囚表現展との出会いと

その繋がりで永山則夫さんの展覧会&インベさんのトークショーに行ったこと。

人の心に興味関心があって、社会課題と人の心について思いを馳せたり

活動している人が確かにいるんだ!っていうのを肌で感じられて

自分の身近に今までそういう人種が少なかったので

ものすごいエンパワメントになった。

 

そして心理学の勉強もはじめた。

秋にはとらさんのイベントにお呼ばれして頂き

久しぶりに人前でシギの弾き語りをした。

画像におこすと地道にとはいえ色々動いてたんだなあ。

何はともあれ、そこそこ健康に無事生きてこられたのが一番!

まぁ、年の瀬いうてもただの六月や八月と同じ一日だけどな。

変わらず今日も勉強したりなんだりしてますわ。

 

2022年の全てに感謝!2023年も色々あるを楽しもう!

 

幸せは歩いてこないというより見つけるものかもしれない。

今年最後の発送が完了。

今年一年で軽く400件以上は発送した。

もしかしたら500いってるかもしれない。

ひとりでこの件数の発想するのすごない?自画自賛

 

メジャーにいると分担作業なので

制作者が発送作業もするってないと思うのだけど

私はどちらかというと今のほうが好き。

自分が作ったものを包んで、この住所に行くんだなと思って

配達会社の方に顔を合わせてお願いしますして

渡した荷物がトラックを運転してもらって運ばれてお家につく。

この中に自分が関わってひとつの輪を作ってる感覚を感じるのが好き。

忙しくなるとこれも出来なくなるかもしれないけど

できる間は自分の手でやりたいなあって思う。

 

最近、ありがたいなとか幸せだなって思うことは

向こうからやってくるものというよりも

見つけるものなのかもしれないと感じる。

夕焼けの美しさとか、裸の木と青空に良い絵だなあと思うこととか

お金もかからないし人もいないところでも幸せは見つけられるし

店員さんとお互いありがとうございますを言い合うこととか

そういうささやかなことを見過ごさないで見つけにいく姿勢の積み重ねで

私の周りは幸せが溢れてるのだろと思う。

その大半はめちゃくちゃ地味な幸せなんだけど、

それを見つけられる自分には感謝している。

 

言葉はまるで雪の結晶

この間、父親が見てたサスペンスで

犯人が桜の木をノリで折ろうとしたら

それを止めようとした人と口論になり

止めようとした人がそれにより死んでしまい

犯人が一緒にいた女性に「誰にも言わないでくれえ!」と懇願するという

こんなにくそほども共感できない話しってある!?という内容で驚いた。

殺された人は桜を大切にするに至る過去の描写がわりと丁寧に描かれていたけど

犯人側の心理描写が少なすぎるっしょと突っ込まずにはいられなかった。

 

私は何かを落として何かを持ち上げる賞賛の手法が好きではないんだけど

(あの歌手よりあなたの歌のほうが良いわよ、みたいなやつ)

偶然とそうなってしまった。

 

サイレントの最終回を見た。

こんなにも心理描写とやりとりが繊細で丁寧な日本ドラマに

私は初めて接触した。(私が知らないだけかもしれない)

好きな役者さんが出てるから見たドラマもあるけど

その役者さんが出てなきゃ絶対見ないなと思うものが多かった。

 

ちな私が好きな日本のドラマは王道だけど古畑任三郎、

リーガルハイ、他にもありそうだけど出てこない。

ネットフリックスだと断然シッツクリーク。

コメディが多い。

 

サイレントはコメディ枠では全然ないのだけど

視聴率がすごい良くて話題になってるのを知って見てみた。

シンゴジラが流行った時に、これをたくさんの人が評価したという事実が

誇らしい気分になったんだけど(だれ目線なのか)

それに近い気分になった。

 

 

サイレントのドラマを見たバブル世代の方の感想で

「最近の子はこんなに丁寧なやりとりをしているのかと

驚いた。私の世代の恋愛ドラマはすれ違いや波乱やで騒がしかった」

みたいな意見があった。

同じくらいの世代の方がボイシーで「バブル世代の僕としてはもうちょっと最後に

ひと波乱が欲しかったですけどね」と言っていた。

この世代ごとの感想も面白い。

 

サイレントは私よりも下の世代っぽい感覚が私的にはすごくしていて(脚本家の方が29歳だそう。)

私からするととても勉強になる。

若い世代は子供の頃からSNSが当たり前にあるため

常に人目があるものとして生きている感覚がデフォルトであるらしい。

だから、協調性がすごくあるようだ。

このドラマも、男女の性欲的なものとかの本能というよりは

非常に理性的で、人と人が違いをどう言葉でわかり合っていこうとするか。

そういう事に焦点がおかれていたので、キスシーンも最後までなかった。

私より上の世代は言葉にして伝える理性的なあり方って苦手なんじゃないかなと思う節がある。

もちろん人によるので得意な人もいるかもしれないけど、

理性をもってすれ違っても丁寧に伝えることを諦めない姿勢が

この若い世代にはあるのだなと思うとすごくその姿勢が勉強になる。

 

バブル世代は逆にそのすれ違いを本能で埋め合わせるという

そういうやりとりをドラマだとして感じていたのかな?憶測でしかないけど。

私もそういう作品は沢山読んだし、そういうのをドラマとかロマンと思う節も

なくはないけど、現実はそういうものだけで人とのやりとりをしようとするってのは

なんか無理があるというか動物に偏ってるなという気持ちもあるので

言葉を使って、相手との会話を丁寧にかわそうとする姿は

非常に非常にリアルだった。

 

逆をいうとエンタメとしての非現実性は皆無なのだけど

一見すると地味だと言われそうなこれだけリアルなやりとりが

ドラマになりそれが高評価を得るという事実に嬉しい気持ちになった。