お茶しよーよ

先日はシ組のお茶会がありました!

お越しくださった方々ありがとうございました!

二日目の写真を撮り忘れてしまった。。。なんてこった。。

 

私が今後していきたい活動の内容と思いをお話ししました。

一日目はトラブルもあってあっという間すぎて

それでも皆さんから提案やお誘いなど色々お話しを聞けて刺激をもらいました。

二日目はダンディ色が強めのパイセンの日だったので

人生のパイセンが私の年代の時にどんな日々を過ごしていたのかなど

お茶会感が強くて一日目とは違う楽しさがありました。

 

初日はお茶会後におみきとしょへいともんじゃを食べた。

二日目は大好きな舟和の羊羹を食べました。

浅草寺も行ったりしてべたに浅草を堪能できた気がします。

 

お茶会を開かずとも

メールなどテキストで簡潔に伝えることもできるけれど

応援してくれているシ組の方には会って顔を合わせて

お話ししたいなという気持ちが強く

この先活動をしていく中で新しい行動をしていっても

過去や過去にお世話になった方を切り捨てる事はしたくないので

私の中で個人的に筋を通していきたいという気持ちを叶えて頂いて

シ組会合ライブも含めてわざわざ時間を割いて集まって頂き嬉しかったです。

 

お茶会でお話ししたことをアクションに起こしていけるように

今の我のベストを尽くしてまいる!

 

 

心が見る

心が見るの楽曲説明をしたくブログを書きます。

今回の物語の内容は

閉塞感のある町から

それぞれの人達がそれぞれの意見をもち

それが故に喧嘩や葛藤も生まれ

それをニーナは新鮮な目で見つめながら

少しずつ受け入れようとしているシーンです。

そのため今回の楽曲は

町にある小さな酒場で繰り広げる人間模様

喧嘩が起きたり

この町なんか出てってやる!と涙する人を

なだめる人など

色んな人間の心が交錯する場所をイメージして作りました。

その交錯する場所にいる人達は

決して裕福で贅沢な暮らしをしてるわけではなく

どちらかというと貧しいながら毎日を暮らしている人達です。

皆が皆決して楽に暮らせてはいないながら

互いを(特に子供を)見守りあい

悩みを抱えひとり眠れない子も

夜の間にその子だけしか見えない虹がある

悩んでるものだけが手にできるものがある

そういう願いを私自身込めて作りました。

また、曲の始まりと終わりに流れる音声は

コジョという売れないお笑い芸人が

夢を諦めず家族に見守られながら

大舞台に立ち

貧しくて辛かったことを笑い話に変え

観衆を笑いの渦に誘うというシーンの音声です。

彼の夢を諦めない姿

貧しい中でパートナーと支え合う姿が

今回の物語と、詞の世界観にぴったりだと思い

楽曲の中におさめました。

決して楽なことばかりではない人生ですが

その中のひとつひとつの楽ではなかった出来事を

笑いにいつか変えられたらという願いを込めました。

「心が見る」

路地裏にひとつだけ
赤いレンガの壁が落ち着くBARがあつて
賑やかな声がする 
笑い声がしたあと喧嘩が始まつたり

悲しみの数だけ喜びが待つという
あいつはいつかこの街を出ていくと叫び泣いた

夜に虹が咲く 
眠れない子供だけが見つけるだろう
やがて時が過ぎ
今日のことも流されるように忘れるだろう

干しぶどうひとつだけ盗み食いした子らを
横目で見て見ぬ振り
誰が責められるだろう貧しさに浸かる子を 
溺れてしまわぬように

沈黙の優しさがこの街にはあった
心は目に見えないから気付きにくいが
太陽だけが全ての人を照らしているのだ
支配者も被支配者も同じ人であると

夜に虹が咲く
眠れない子供だけが見つけるだろう

やがて時が過ぎ
今日のことも流されるように忘れるだろう

駆けろ、坂道を
心はいつも自由だと思い出した
涙、流ればいい
完璧じゃないまま生き続けてゆく

保護中: 第十話「虹」

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過去の自分を越えていけ

自由になるためには強くならなければならない。

尊敬する人の言葉が今の自分の心に響く。

 

誤魔化すこともできる

今まで通りにいることもできる

けれど本当にそれでいいのだろうかと自分が言う。

背後に恐れがある時にいつも

自分を引き止めるものがある。

時には他者の存在、時には体調を使って。

無意識化に自分を進ませることを止めようとする。

そういうもののせいにしている限り進むことはできない。

 

もう一回り自分が成長するためには

恐れや今までしてきた自分を引き戻す行動や考え方を

超えていかなければいけない。

それは誰かがやってくれることじゃない。

目に見えてわかる成果でもない。

非常に地味で、非常に孤独な時間。

 

だけど自分が尊敬している人の存在や言葉が響く。

今自由に自分を生きているように見える人だって

最初から強く自由であったわけじゃない。

みんな孤独と戦って恐れを乗り越えてきた

そういう人だけが手に入れられる自由がある。

責任ある大人とは孤独を人に依存して散らせずに自分の中で覚悟して持つことだ。

 

責任と自由はセット。

自分の人生に責任をもって楽しんでいけるために

自分を縛り付けていた生き辛くさせていたものとしっかり向き合って

恐れを超えていきたい。

もっと自由に、もっと楽しく、人生を面白がれるものにするために。

どんな変化も良いものだと

自分自身の中にある見たくないものに

向き合わなきゃいけない時ってのはあるよね。

自分自身を縛ってる思い癖とかは

大体過去にあった出来事から学習したことだから

何回も過去を見返してるけど

まだ解決できてない問題もあったりして

人間である以上誰しもが持ってることだと思う。

見返すたびに、自分に触れて

その度に自分を理解していってる。

だから後退じゃないし

進んでないわけでもない。

葛藤したぶんだけ自分の中で確実に変化している。

今起きてる変化がどんなものでも

変化は総じて良いものだって言葉を見た。

もうそろそろ変えたい自分の部分

もうそろそろ受け入れたい自分の部分

そこと向き合って逃げずに紐解くことは

自分を生きていくことと密接に繋がってる気がする。