今の自分ファースト

久しぶりに夜横になりたい感じでお腹が痛かったので

すごいスローに過ごした。

今まではずっと未来の自分に重きを置いて生きてたことに気づいて

今の自分が悲鳴をあげていた。

 

なので最近は今の自分ファーストで生きるようにしている。

こういうスローな毎日を過ごすことが責めにつながらなくなってきた。

(でもまだちょっとそわそわはしちゃう時あるけど)

 

やれることだけやっちゃえば後は自由に好きにのんびり過ごして良い。

という日々を過ごしている。

 

今の自分と生きること。

それは客観性が必要なことだと知った。

自分を客観的に見つめて、何が欲しいか、何が今はいらないかを聞いてあげること。

多くの人が、それが出来ていないんじゃないかなと思う。

そんなこと教わらないもんね。

だけど今の自分の体と心の声を聞けないと

負荷をかけてしまうことに繋がる。

 

それにいろんなことがあるとつい周りに振り回されて

自分がどうしたいのか、自分はどうあるのかっていう

I視点(私の視点)で見ることをつい忘れてしまったりね。

でも何かが起きれば振り回されるのは当たり前で。

その後に自分に戻ってくることが大事。

 

人に対してできることは限られている。

みんながみんな自分を丁寧に扱えていれば

傷つけ合うことも減ると思う。

コメ・ザンマイ!

タイトルはすしざんまいの感じで。

 

0.5合でご飯を炊きたかったが炊飯器で炊けるのかわからなかったので

人生初の土鍋でご飯を炊くをやった!

0.5合はむずいので初心者は1合からと書いてあってドキドキしたが無事炊けた!

しかも良い感じにおこげも出来ていた。おこげ久しぶりに食べたうまし。

おこげは漢方の世界でも良いとされてるのを最近知ってへえってなった。

消化を促進するといわれていた。

 

その後で鮭と舞茸の炊き込みご飯を作った。

きのこは舞茸が一番好きかも。

 

米粉クッキーを作ったりもした。

 

米レシピたちでした。

料理はたのしいなぁ。

水やり三年といいましてね

ちょっと前にガジュマルちゃんが枯れちゃってた話を書いたが

水やり不足と判明してから水やりを増やして

葉水を一日二回に増やした。

すると・・・

木の中央から白い線が出てきているのがおわかりだろうか・・

調べると「気根」という根の一部で

これが出るということは順調に育ってる証拠なのだとか!

 

やったー!!!!!

と思いこの調子で水あげをして数日経つと・・・・

 

にょろにょろに伸びてるー!!!

しかも土からもにょろにょろがでてきてるー!!!!

この白い根は土の中に入ろうとしてるようだ。

 

すごい・・・生きてる感すごい。

春に植え替えしたけどすでに下からも根っこが出てきてる

これは植え替えしたほうがいいのか・・どうなのやら。

 

ガジュちゃんが本気出して成長するとこんなたくましいなんてね。

しかも葉っぱが落ちて枯れたあとにこんなぐんぐんいくとは。

 

おかげで私はサボテンの水やりも教科書通りから卒業して

私の家の環境に合わせた水やりをしようと決意。

 

植物と一緒に暮らすと驚きと発見と癒しが

こんなにもらえるとは思わなかったな。

 

そういう気持ちをもらうようになってからは

無言だからついつい見逃してしまいがちだけど

街にある植物や木にも同じような愛着をもつようになった。

みんなたくましいんだな。

こんな性格なのでベランダにはえてる雑草にも愛着をもっちゃって

切ることができないわたくし・・・

 

最近小松菜の種をもらったはいいものの

それを収穫できるか自分が心配である・・。

涙雨

あの人が泣いてるような雨だったから

煩わしくはなかった

想うことなどなんの力にもならないのに

私にできることは想うことだけ

言葉にするほど伝わらなくなることがあるから

傷が癒えるために孤独が必要なときがある

その後に君を包む大きくて柔らかいブランケットを君が見つけられますように

今だって君を見守る優しい眼差しはそこかしこに

目に見えないことが悔やまれる

いつもどこかで誰かが泣いてる

三年前にこの歌を作った時よりも

今の時代の方が曲との距離感が近付いている気がしたので

弾き語りました!

https://www.youtube.com/watch?v=yE8tivdQYjQ

 

「弱者」 作詞作曲:シギ

ガラスの心が粉々に砕け散った

そばにいた人が泣きながらかき集めてた

粉々にしたやつを袋叩きにする人々の顔は

怒りながらもどこか気持ち良さそうだった

 

誰も傷つかない 誰も傷つけない

そんな場所があればどんなにいいだろう

宗教がいくらあったって いくら豊かになったって

いつもどこかで誰かが泣いてる

 

それでも僕は自分の心を殺さずに生きていきたい

きっとそれが人の心を殺さないことにつながると

信じている 今が例えどんなにくそったれだとしても

自分を救ってやれるのは最後は自分なんだ

 

言葉という刃物で誰かに後ろから刺されたとしても

何も考えないやつに考えすぎだなんて言われても

メンヘラや精神病や自殺志願者とカテゴライズして隔離したくない

僕らは誰も弱者なんかじゃない

 

誰だって自分に嘘をつかずに生きていれば

心がひどく落ち込んで病んでしまうときだってあるさ

それは弱い人間じゃない頑張ってきたってことだ

何も頑張れてないって自分を責めるかもしれないけど

 

ここまで生きてきたそれだけで頑張ってきた証だ

世の中には脅し文句がいろんな場所に溢れてるから

いちいち間に受けていたら不安になってきりがないよな

誰かじゃなく自分の心の声を信じ歩けばいい

傷ついたときも楽しかったときも

どんなときもそばにいたのは誰でもない自分自身なのだから