失敗を避けながら行く場所は無難な場所

来週中頃くらいまでは駆け抜けそう。

誕生日の余韻もないというのは嬉しいもの。

でも今日もプレゼントが届いていて

そういう意味の余韻はめちゃくちゃあるなあ嬉しい。

 

「失敗を避けながら行く場所は無難な場所」

今このブログを書きながら耳にした言葉。

ほんまやでえ。無難じゃ楽しめないよなあ。

 

今日はいつものカラオケに歌いにいった。

練習のための動画を撮ったのだけど

それらちょっとをインスタに。

これから日常の動画をちょいちょい

インスタの方にあげていく予定なので

ぜひ覗いてやってください。。

https://www.instagram.com/shigi_official

 

カラオケは本当に人が少なくて

みなさんもぜひたまに行ってみてくださいね。

人といくのが怖い方はひとりで熱唱するのも

めちゃくちゃ楽しいのでぜひ。

私なんてひとりで熱唱して号泣するからね。

入り込むことが必須です。踊らにゃソンソンデス。

 

今日の歌は楽しかったなぁなんでか。

レベル35は音楽をもっと楽しむ年に!と言った直後の歌が

楽しく歌えるっていうのは

口に出すと良いってことかしら。

口にしたことは自分の耳が聞いてるからな。

 

今日もへとへとに動けたのでここらへんで。

レベルがあがりました。

本日はわたくしシギの誕生日でした。

今日でレベル35にレベルアップしました。

 

みなさんから色々プレゼントをいただいて!

絵の具も頂いたので青の絵がはかどりそうです♪

プレゼントしてくれた方との共作ですね♪

 

そして一昨日昨日は制作がうまくいかなくて

へこたれておりました。

梅酒を頂いていたので

誕生日前にもうあけて飲んでしまいました。

めちゃ美味しかったなぁ。

梅の甘さに落ち込んだ心が癒された。

 

私ってほとんど落ち込むことがないんだけど

たまに疲れがたまってる時に

頑張ってることがなかなか芽がでないと落ち込む時があって

そういう時はめっちゃ落ち込むようにしている。

「あ、なんかこれ私落ち込んでるかも。じゃ明日落ち込む日にしよう」

みたいな感じで落ち込む日を作ってちゃんと落ち込む。

 

落ち込んでるんだから何をしても良い日にして

喫茶店でぼーっとして本を読む。

するとその本から制作で使える新しい角度が書かれてたりすると

そこから少しずつやる気が芽生えてくる。

今回も

「あぁそうか、私ここが甘かったんだな」という発見をした。

そしてまた頑張ろう!となる。

 

エジソンみたいなはんぱないすごい人を出すとあれだが

失敗なんてないんですよだから落ち込む必要も本当はなくて。

これだとまだ駄目なんだなってのがわかったってことで

それはそれで重要なヒントであったということ。

 

そこでやめないで発見があればむしろそれは良かったじゃんって感じやな。

いやーしかし悔しいには悔しい!

悔しいほど燃えるぜー頑張ろう!!!!

 

自己イメージとほんとの自分との距離。

1.

私が自分をちゃんとした人だと勘違いするに至った理由。

 

何回かブログに書いた気がするけど

ヒステリックな大人(先生)から目をつけられたくなかった私は

良い子を演じていた。

ちびまるこちゃんがたまにやるように

良い子なふりをしては裏でうっしっしと思っていた。

そして大人はまんまとそれが私だと信じた。

 

しかしお笑いのような話だが

困ったことに私自身も自分でつけたはずの良い子の仮面を

自分なんだと勘違いすることになった。

 

子供の頃に戦略としてやっていたことが

本当の自分だと錯覚するなんて!

<まるちゃん>

 

2.

最近ようやく

自分は「ちゃんとした人間」ではなく

「楽しいことだけしていたい人間」なんだと気がついて気が楽になった。

思い込んでた自分と本当の自分との距離が日本の裏側ぐらいありすぎて目眩がする。

 

自分に合わない服を脱いだようで肩こりも治った気分。

ちなみに肩こりには悩まされていない。

 

これで「私ほどちゃんとした人間はいないよなあ?」という問いかけに

(え、この人冗談なのか本気で言ってるのかわからないこわい)という

表情をさせずにすむ。

困惑させた人に詫びたい気持ちだが

相手はもう覚えていないだろうから詫びる予定はない。

 

 

<肩こりに悩まされるひと>

 

 

3.

冷静に過去の自分を思い返すと

ちゃんとした人どころかなかなか悪気なく

ひどい部分もあったのかもしれないなと

今更思うようになっている。

 

占いをしてると怒られることが結構ある。

この間は「あなたはそれでいいと思ってるかもしれませんが

周りの人にも気持ちってものがあるんですよ?」となかなかキレられた。

 

しょへさんにその話をしたら

思い当たる節があるような顔をされた。

 

私はそれが嫌いじゃないからなおさらタチが悪いのかもしれない。

他人に怒られるということがどこか面白いと感じてしまう。

 

 

図書館に数日返すのが遅れた日には

黙って返すこともできるのに

わざわざ「遅れてしまいました」と言いにいっては

「次から気をつけてくださいね」と言われるのを待っている。

子供の頃にめんどくさい大人から怒られるのを避けてきた反動かもしれない。

<怒られて喜ぶわたし>

 

 

4.

音楽において人のセンシティブな心情を描くのも

それを楽しんでいたのだと今なら合点がいく。

 

普段、ひとが隠している悲しみや孤独や葛藤を歌詞にすることは

子供が寝た時にだけ出される酒と贅沢なつまみの宝箱のようで

その隠されているものを表に出すのが楽しい。

 

でも、悲しみや辛さをもつ人の心を肯定したい気持ちは

面白さと関係なく本気で思っている。

 

弱いから私はだめなんだとかそう思っている人に

そんなことねえからあああああああ!!!!と猛烈に言いたくなる。

お前がだめなわけねえだろがあああ!!!!と。

 

それは全く知らない他人でもおじさんでも赤ちゃんでも関係なく

誰に対してもそう思う。

漫画家で友達であるにゅすけから

「君はジャンプに出てきそうな人だよね」と言われる所以も

こういう部分なのかなと最近わかるようになった。

 

自己肯定感が高止まりしている人間なので

肯定感がだだ下がりしてる人をみるといてもたってもいられない。

しかし私のような根アカで無神経そうな人間はうざい人からすると

本当にうざいんだろうなと思う。

けれどうざいと人から思われるのも落ち込むどころか

それもちょっと面白いと思ってしまう自分がいる。

 

5.

昔、私が露出狂だった頃(突っ込みたくなる入り出しである)

ライブハウスにバキバキに露出していったら

知らない女性に「私だったらそんな服きれなーい」と言われたことがある。

 

私は「あかの他人にそんな失礼なことをいう人間が

この地球に本当に存在していたのか」と驚いたが

同時に「そうだろうそうだろうお前には無理だろうながっはっは!」とも思った。

 

私が思っただけで口にしなかったのは

他人に失礼なことを言う人間はたいてい劣等感が強いだろうから

私が攻撃するまでもなく自分で自分を蝕んでいる。

なので攻撃する必要はない。むしろ自分で自分を蝕むのやめなはれやと思う。

 

自分を愛さない人間がいつも他人を傷つけようとするのだ。

なので自分を愛することが平和の一歩なのである。

<露出狂のイメージ描こうとしたら画力が無理だった>

 

 

 

6.

長くなったが人間は多面的なので

私の中にも哲学や純文学が好きな知的っぽそうな面もあるのだが

どうやらそれは玉ねぎの外側の外側の皮のようで

芯の部分はさながら純粋バカといったところらしい。

 

例の占いもそうだが性格診断などをしていると飽きるほど

「あなたは永遠の子供です!」

「あなたは単純で素直!」「楽観的!」「明るいね!」

「楽しいことだけしたいんだね!」と

心の底でやはりそれが俺か・・・と思うようなことばかり指摘されるので

これからは観念して芯の部分を大事にして

今まで以上に好き勝手面白いことをやっていきたい所存。

 

人間楽しんだもん勝ちやで、とは前から思っていたが

やはりそれが私の人生の大事な部分らしい。

<人生を楽しんでるひと>

 

あなたの玉ねぎの芯の部分は

どんな人間だろうか。

自己イメージと一致しているだろうか。

それを認められるだろうか。

今でも共に

しょへいが新曲をメンバーに説明する夢を見た。

その中にひろがいて

夢から醒めた後に

ああ、となんとも言えない気持ちになった。

自分で自分を可哀想だと思うことなんて

生きていてもほとんどないけど

この時ばかりは

自分を不憫に思った。

夢の中ではひろを登場させていることに対して。

ひろのファンとは今もたまに連絡をとりあっていて

つい最近は台湾のファンの女性から

海外でのひろのライブの一幕を動画で見せてくれた。

動いてるひろを見るのは久しぶりだったから

泣いちゃうかと思ったら

楽しそうなひろの姿だったから笑ってみれた。

ファンの方と、この先もみんなひろ大好きでいようと話した。

人はいきなりいなくなってしまうことがあるんだ。

私も例外ではないかもしれないし、

あなたもそうかもしれない。

だからやっぱり、ありたい自分であろうとするのがいい。

言い残したことがあまりないように

伝えたいことは伝えあったほうがいいし

好きとか大切とか嬉しかったとか

ポジティブな言葉は積極的に相手に投げた方がいい。

残された側が心残りになるから。

必要なのはもうひと押しの精神

1.

むかしむかしアメリカ西部で

金脈を掘り当てようとした男がいたが

結局掘り当てることができず、諦めた。

しかし実は91センチ先に金脈が存在していた。

そして次にやってきた男が、すぐにその金脈を見つけ出した。

 

という有名な話がある。

 

筋トレで筋肉がつくのは

「もう限界!!!!」と思った回数のその次の回数だという。

限界で辞めず、限界のもうちょっと先に行くことで得られることがある。

<筋トレ人間>

 

この「常にもうひと押しの精神」で最近は制作している。

 

 

2.

今まではトラック制作はアレンジャーさんやしょへに投げていた。

私は要望を言ったり必要な時だけ参加していた。

なぜなら、詳しい人に任せた方が良いに決まっていると思っていたからだ。

 

しかしそう思っていた頃の私に図星の言葉を差し上げるなら

「それ、ちょっとめんどくさいしって思ってるとこありません?」だ−−−

これを過去の私が聞いたら

もっともらしい言い訳をしたあとに

虹色の血反吐を吐いて虫になって飛んでいくだろう。(どんな世界観)

 

 

3.

今制作している楽曲はすでに今までで一番聴いた自分の曲だと思う。

 

仮の録音で何回もカラオケに行ったので覚えられた。

ハキハキしているけどちょっとドジっ子な女性店員さんと顔見知りになり

私が行くと「5階ですよね?」と誰もいない最上階に通されるようになった。

 

「いつもの」が通用する日がくるとは!!!!

ちな最上階の理由は、仮ではあるけど

録音する時に周りの人の歌声が極力入ってほしくないため。

 

 

悩んでも「もうひと押しあるんじゃないか?」

歌っても「もうひと押しいけるんじゃないか?」

そういう気持ちでやってると、能動的な気持ちがわいてくる。

<ピアノを弾いてる風なわたし>

人に任せていた頃の私はこの気持ちにはならなかった。

 

 

4.

しかし私は音楽の勉強をしてきた人間ではない。

なのでアレンジだって理論的ではない。甘さも沢山あるだろう。

 

しかし今の私が求めているのは

ひとつ前の自分の作品&過去の自分よりも

ワンステップあがったところに成長することであり

何よりもまず最初に自分というリスナーを納得させることである。

 

うまいやつは、知識豊富なやつは、ちゃんとできるやつは沢山いる。

それはそいつらに任せればよい。

 

昔、恩師に言われた言葉

「シギは綺麗にうまくやるような

アーティストじゃないだろ?」を思い出す。

(でも汚くて下手にやるアーティストだと変換すると

ちょっとウケるしそれはそれで避けたい)

 

私が感動するのも、興奮するのも同じ類の人は多い。

しかし、うまくやらなくたっていいというのは

そのままでいいという訳ではない。

自分が望むビジョンに到達するためには

学び続けることが必要だ。

 

それってなんかめんどくさい?大変そう??ノンノン!!!!!

もっとすげえ自分になって自分をさらに大好きになると思うと

わくわくするじゃねえっか!!!!!!

 

自分の音楽を一番最初に聴くのは自分だから

自分というリスナーを興奮させねばならん。

そして自分というリスナーは色々な音楽を聴くので

どんどん手強くなる。そいつを唸らせるんだ。

 

もっと自分自身にクリエイティブに!自分が面白がれるように!

創作を流れ作業にしてはならないのだ、俺よ!!!!

 

そんなこんなで

もうひと押しの精神を意識するようになってから

どんどん制作が楽しくなっている。

20年以上制作をしているけど

まるで最近音楽を始めたような気分で、しょへさんとの関係もより良くなった。

 

しかし録音においてはもうひと押しの精神をやると顔面の正気を失う。

何かを得るということは何かを失うということ!

<正気を無くしたわたし>

 

最後に注意点をひとつ。

これは自分がやりたいことのみに有効である。

やりたくもないことや命令されてひと押しをし続けていると

メンタル崩壊し病気になり過労死してしまうので

自分の意思でやる分にはかまわないが、人から言われたことには注意が必要である。