体との意思疎通

昨日というか今日の明け方に

1ヶ月くらい波があって放置してた腰痛が激悪化した。

運動不足だから歩けばいいだろうとのんきに思ってたけど

(あと腰痛は10代の頃からなのでちょっと痛くても普通になってた)

起き上がれない&気持ち悪くなるくらい痛かったので

これはそういうレベルじゃねえ!と思って明日病院に行こうと思う。

今日はゆっくりしてた。鎮痛剤に救われた。。

胃腸の調子もここ数ヶ月あんまり良くないので

もしかしたらそれも関係あるかもと思い。

 

最近リリースや今後の計画など休日返上でやってて

昨日なんかは「今はこれくらい忙しい方が助かるな」と思った矢先。

色々なことが目まぐるしくあったので

メンタルのストレスも絶対あるし運動不足とかもあると思うけど

自分の理想の生活っていうのがどういうものなのかを

根本的に考え直そうと思ったりした。

 

こういう話をすると

「シギ頑張りすぎなのよ・・」と不憫そうな眼差しをうけるのが

あまり居心地が良くないのだけど

というのもHSS型HSPをみて自分のことだ!と思ったのは

疲れやすいくせにすごいいつも何かしてたい人なのです。

やりたい!やったるで!うおお!とテンションマックスで私は

楽しく生きてるつもりなので

「無理して頑張りすぎてるのね・・」みたいなかわいそうな顔されるのが心外。

いや俺普通に楽しくてこれやってんだけど、みたいになる。

 

でも、体の調子を崩すってことは

表面上の私は楽しんでるつもりでも

奥っちょにいる自分がストレスや

プレッシャーや無理をしてる可能性が高くて

しかし自分が本当にそれについて無自覚なので

いつも体のSOSでいきすぎてたことに気づいて

「え!?これでSOSだすん!?てかどこから私辛かったの?!」と

調子を崩す自分に驚愕みたいな。

自分を知るって本当に難しいなー。

でもこういう人って結構いるんじゃないかなと思ったり。

無理してるつもりないのに体がSOSを出すみたいな。

 

私「よっしゃ!やったるで!うりゃあああ」

心身の私「ちょっと待って速いってついてけないしんど・・・・」みたいな。

年齢を経るごとに、焦りみたいなものとは折り合いがつくようになって

そういう意味でだいぶ生きやすくなってきたけど

未だに体との意思疎通はなかなかに難しい。

 

せっかちな所がすごいあるので

その性格が好きでもあるんだけど

もうちょっと一呼吸おいて

これを機会にどういう生活を作って行きたいのか

明日病院行きつつゆったり考えようかななどと思った。

 

書き物とか作曲とか諸々を考えたりやったりするのが

好きなのがまた厄介なんだよな。やめられないっていう。

人とお茶や外食も好きなので

そういう時間も積極的に作っていったりしようかな。

そして休日返上のようなセルフブラック企業は

フリーランスは本当気をつけねばなりませんね。

その自制も自己管理のひとつとして。。。

 

君は太陽。

ひろがこの世からいなくなってしまった。

突然すぎて。

今も何事もなかったかのようにLINEがくるような気がしてしまう。

 

今までで一番ライブを見たのはひろのライブだった。

ひろが誘ってくれるte’も、有村さんも、ネジも、

オンラインでのライブも、沢山ひろが演奏してる姿を見た。

ひろのファンの人はとても私に良くしてくれた。

ファンはミュージシャンの鏡かもしれないと思うくらい

ひろのファンは皆笑顔で優しい心の綺麗な人だった。

その方達の心をおもうと胸が苦しい。

 

訃報をきいたとき、しょへと母に泣きながら電話をかけた。

戸惑ったし、信じられないし、なのに涙が溢れるし

よくわからない感情でいる。

 

ひろとは、私がメジャーの契約が終わったあとに

しんちゃんが紹介してくれて

涙のシングルに参加してもらって

ライブも一緒に始めた。

私にとっての再起の一歩目からひろは支えてくれた。

ひろのことをかいた曲もあった。

当分聴けないし、今は歌えない。

本当に、初めて会った時から血のつながっていないだけの

兄弟のような感覚だった。

 

年末に食事することが自然と恒例になっていた。

一番最近は、シギの今後の曲について私が伝えて

ひろがそれを聞いてすごく嬉しそうにしてくれたのを覚えてる。

それでこそシギだよ!と言ってくれた言葉が蘇る。

でもそれが間に合うことはなかった。

聴いてほしかったし、一緒に演奏できるものだと思っていた。

ひろが年をとってから過ごしたい生活についても聞いた。

それも叶えることはなかった。

当たり前だけど、絶対にもっと生きたかったと思う。

 

ひとりでいるとひろのことを考えているわけじゃない時も

なんの感情もないのに涙がでてくる。

街の中のイルミネーションも、通りすがりのケーキ屋さんのケーキも

ただそれが目に入っただけなのに涙が出てくる。

悲しみにくれる時間は、生きてる人間に必要なんだと思う。

それと共に時間はかかっても必ずそこから立ち上がらなければいけないとも思う。

 

私は訃報を聞いた時、

今月頑張って出したいと思って張り切ってた曲を出す自信がなくなった。

無理だよと思った。

しょへにちょっと休もうと弱音を吐いたあとで

だけどひろの望みは、音楽をやっていくことだろうと感じた。

ひろの想いをついで音楽をし続けることが

私にとってひろを失くさないことだと思った。

ひろが空から見ていて

こんなライブなら俺も混ざりたかったなぁと

うらやましく思ってもらえるようなライブをすること。

だから音楽を止めてはいけない。

だから今日も、明日も私は曲を書く。

 

敬愛する先生が吉田松陰の言葉を教えてくれた。

人は生きた時間の短い長いではない

その人の生きた長さだけ春夏秋冬があるのだと。

そして想いが死ななければ肉体が朽ちても魂が死ぬことはないと。

 

ひろの魂を受け継いでいくことが

この世に存在している私にできること。

その想いが私の中を生きる限りひろの想いは死なない。

 

けれど今はまだ信じることさえもできない。

ステージで横を見ればすぐにひろがいるような気がする。

ひろのいない悲しみと共に

どれくらいの長さになるかはわからない

寂しさが終わることはないけれど

それが感謝や思い出が温かさに変わるまでは

寂しさと悲しさと共に生きていく。

 

私はひろから沢山のものをもらった。

ひろは身の回りにいる人を愛していたし音楽を愛していた。

ひろはいろんなことを愛していた人だった。

シギの音楽も愛してくれていた。

笑顔と、見守る温かい眼差しと、ステージでの熱い姿と

優しさ。

ひろからもらったものと

ひろとの思い出を胸に私は生きていく。

 

私も、これを見ているあなたも、その家族も

全ての人に終わりの日がある。

普通に生きてるととても信じられない気持ちにもなるけど。

その日を知っている人もいれば

受け入れる時間もなくやってくる人もいる。

大切な人が去ってしまったら

残された人はその人が悲しまないように

その人が笑顔になるような生き方をしていく。

自分が去る番がくるまでは

自分の命や想いを生ききる。

それ以外にできることと言えば

自分以外の人に何かを渡していくこと

大切な人を大切にすること。

いずれにせよ、全く後悔しないことはできないかもしれない。

ひろにしたかったこと、ひろとこの先したかったこと

数えればきりがない。

後悔はどうしても残る。その傷と共に生きる。

心の中にひろはずっといる。

そう信じて、私はひろに対して恥じない生き方をしていく。

 

ひろ

悔しかっただろうけど、天国で幸せにね。

そこにステージはあるのかな。

ひろのこと一生忘れない。

ここから先はひろの想いを勝手に抱いてる気になって

私はもっとやってく。

ひろが愛したみんなを見守っていて。

ひろはみんなを愛していたけど

みんなもひろを愛していたよ。

さよならはまだ言いたくない。

ありがとう。

お久しぶりもお久しぶりな・・

いやーお久しぶりのブログになってしまった。

私は元気です!

月内に気合いれてやることが重なり

ちょっとポッドキャストも遅れていますが

音声配信はしますのでお待ちください!!!

 

明日19時から零のサイトにてキャンドル再販します。

https://www.creema.jp/c/zero_shigi

19時にアップを忘れませんように・・・。

12月も5日になりましたが

ここ数日作詞に難儀しているためブログ滞りぎみです。

自分を超えるのは大変だ!

保護中: 11月振り返りと12月のイメージを共有しましょう!

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