インプット週間

今週は中盤まで気圧気候なのか謎の体調不良だったので

後半もちょっとギアあげたかなくらいで進めて

夕方にはウォーキングする日課をやりだしたり。

最近はもっぱら女性の音楽や活動を見たり聴いたりしていた。

同じ女としてやる気と学びをざっくざくもらったぜい!

調べていると台湾とタイのライブを観てくれたそれぞれの女性から

連絡をもらったりしてなんだかタイムリーな感じもした。

またライブに行きたいな会いたいな!

 

シギの今後について調べながら書き込んで意識に落としたりしてたが

実際の制作にどんどん入っていくことになるので

一回自分のことを頭空っぽにして(打ち合わせではがんがん話すのだが)

明日からはちょいとインプットに集中する週間にしようと思った。

映画、漫画、いろんな作品に触れるでや。

今月まじでお家月間になったな。

地下にこもって地道にシギのこと進めておるでやんす。

細胞の集まりからなる。

最近、我が我がのエゴが急激に引っ込んでいって

一年前の私でも考えられなかったチームワークというものに

興味が出てきたのは

数週間前にDNAについて調べだしたあたりから

自分の肉体でさえも生きている細胞の集まりからなるものなのだな

という実感をしだしてから。

そしてDNAもそうだけど肉体は両親や先祖から受け継いだもの。

自分ひとりで自然と誕生したわけではない。

というのを考えていっても、視野が広くなるのを感じる。

良い意味で、自分は全体の一部なのだと。

自分の肉体が、ひとつひとつの細胞からなるように。

社会にとっての自分も細胞のようなものだなって。

 

自分のしたいことやワクワクは引き続き大事な源泉。

やるべきことに飲み込まれたり命令されて生きていきたくはないから。

やりたいことがやるべきこと。自分のためが誰かのため。

そこはずっと変わらない。

 

少し前に鮮明に覚えてる夢を見た。

私と、同世代くらいの女性と、私よりも年が結構上な男性と、

私よりも年下の男性の4人で新しいプロジェクトを開始するための

打ち合わせをカフェでしているところだった。

私はそのプロジェクトリーダーで。

同世代の女性は同じ志で頼れるような存在。

年下の男性はなぜか悪気なくいつも最初に嘘をつく癖があり

年上の男性はそのことにカッカと怒っては文句を言っていた。

「こんな奴がいたんじゃだめだ!信用できない!」と。

その時に私は

「信用はひとつずつ積み重ねていくものだから、

焦らずにこれから積み重ねて良いチームにしていこう」と言っていた。

年下の男性は私に懐いていて

「あのファミレスもう行ってないんですか?今度行きましょうよ」と

どこ吹く風で言ってくる。

「そうだね、今度行こうか」と私が答えたところで夢から覚めた。

 

これがすごくリアルだった。

こういうことが起きるのか?と思うほどだったけど

でももしかしたら、ここに登場した3人の登場人物は

全て私の中に存在しているもうひとりの私なのかもしれない

なんてことも想像して面白がった。

 

あなたは幸せにならなきゃ駄目

私は「あの人が羨ましい」と思ったことがほぼない。ライバル視も。

思い出せないだけであるかもしれないのでほぼといった。

 

 

「いいなー!」と思うことはある。

例えば美味しいお肉食べてるとか、ビアガーデンいったとか。

でもそれは軽やかないいなというか。

 

「あなたが羨ましい、悔しい」「ライバル」と言われることがある。

私はそう言われることが少し苦手。

どことなくじっとりした重さが私の肩に乗っかるのを感じる。

そしてそれと同時に、少し寂しい気持ちになる。

それは、「悔しい」「ライバル」と言ってる人の心の中にいるその人。

 

私はひとりの人の中にいろんな自分がいると思っている。

それは「頼もしい自分」「子供のようにかわいい自分」「臆病な自分」など。

そして「なんのてらいもない素直な自分」と「色々気にした自分」もいる。

その時の感情や体力の余裕によってどの自分が表面化するか変わる。

 

私が寂しい気持ちになるのは、

「悔しい」「ライバル」と言ってるその人の心の中にいる

「子供のようにかわいく、素直な自分」が、悲しんでいるような気がするから。

その人が例えば私をみて「悔しい」と思うその時

素直な子供の自分はその人から置き去りにされている。見てもらえていない。

そしてその子は「僕じゃやっぱりだめなんだな」と思って肩を落とすだろう。

 

だから私は、悔しいなど言われた時には

「おまえ、おまえを舐めんなよ?」と思うし

「俺のことはどうだっていいんだよおお!!!

おまえ自分のこともっとみてやってくれよおお!」

口惜しいなんていって人を見てる時間を捨てて

もっと自分とたっぷり時間とって愛情かけて

どうやったら自分が納得できるのか自分と作戦会議して

生きていく方が心の中の子供の自分が喜ぶんじゃまいか、と。

 

あと私がどうして人をライバル視しないかというと

同じ環境で同じ設定で生まれて同じレールにいるわけでもない

別々の肉体と経験と感性を持っている他者に対して

同じ扱いで見ることができない。私と私以外は別々だから。

 

例えば音楽で成功していて売れていたり

私がやりたかったことを先にやっていたとしても

「うおおすげえ」という気持ちがわくかわかないか。

 

なんで重たい気持ちにならないかというと

別々の人間なのはさることながら

他人の全てを見ることは不可能だから。

人は人の良いところだけを見て羨ましがったり

悪いところだけをみてけしからんと言ったりするけど

その一面以外に別の面がたくさんあったり

過去にどんな大変なことがあったか、どんな気持ちをもって生きてきたか

私は見ることができないので想像するしかできない。

だから、一面や今の状態のその人をとってきて

「羨ましい」とか「悔しい」と言う気にはなれない。

 

彼女、彼がどんな人生を歩んできたか

どんなにイメージしてもそれはその人の人生ではない。

でも私は生きてる中で人には笑顔を見せる裏で自分に悔しくて泣いたり

寝込んだり悩んだりしたことが沢山あったので

きっと人も同じように辛いことや悲しいことや頑張ってることが

ひとりの時に訪れたりしているんだろう、と想像する。

そうじゃなかったら、、そりゃそれでいいじゃねえか!オールOK。

 

生きてると色々あるし気持ちや体が余裕ないと

落ち込むモードになるけど、それはそういうモードになりやすい時だからで。

そういう時は他者や何か他所の行いを目にするよりも

たっぷり休んだり自分の好きなやりたいこと書いてみたり

ご褒美dayとしてちょっと贅沢なものを食べてみたり

とにかく自分の扱いを自分で上手になっていくことが

人生を深刻にしすぎないためには大切なのかなと思ったりしている。

 

だから悔しいとか羨ましいとか!!

それで自分がマッハやる気になって最高に幸せになるならいいけども!

それで自分を置き去りにして人のことばっか目をやってるとぉ!!

自分が泣いちゃうよおおお(:;)だれ

あなたの人生はああ!!!!あなたが幸せになんなきゃあああ!!

だめなんだよおおおおお!!!!

だからあああ!!!幸せになってくれよおおおおお!!!!!!

 

明日あなたに茶柱が立ってることおおお!!古

そんなささやかな幸せが一個訪れるようにってえええ!!

こっから祈ってるからなああああ!!!!!

 

こんなテンションで書いてますが

何かが起きたかというとなんにも起きていなくて

誰とも話さず今日はひとりでのんびりしていただけです。

今日の夕飯はそうめんよっ。

ビジョンは対話から生まれるもので孤独に生まれるものではない

活動を新たにするにあたって

最近チームワークについての勉強を進めている。

これは今もこの先もきっと私に必要になることだと思うから。

 

 

チームワークについて学んでいると

私としょへさんがしてきた喧嘩の数々は

まさにものづくりをブラッシュアップさせるための対立だったのだなと感じた。

 

20年以上コーチングを務めてきた著書の方による日本企業の問題点を見ていても

日本の人って感情でものごとを決める傾向にあるんだなと思った。

これはいくつかの本からも感じたことで。

それは日本語の中に感情を扱う言葉が他国語に比べて多いため

海外の方でも日本語を話すと感情が重視される傾向にあるそう。

 

ご多分に漏れず、我々も話し合いの中で感情的になってエゴむき出しで

自分の正しさを主張するような醜い喧嘩をしたこともあった。

 

けど企業や音楽やバイトなどなんでもチームの中には、

無意識にも自分が感情的になる部分を認識している人が多いため

チームの中で感情的な対立になってめんどくさいことにならないように

ぶつかりあうことすら避けている人たちが多いのではないかと思う。

 

それを「各々のプロフェッショナルを信頼して任せていれば良いものができる」と

それっぽいことを言うことで現状維持に留まり

意見を対立させ新しく生み出すことをしていないチームも多いのではないかな。

 

シンガーソングライターとして活動してると

「オケは〇〇さんに任せる、ライブについては〇〇さんに〜」など

自分以外の分野に関して丸投げしてる人をよく見るし

かくいう私自身がメジャーにいた時はそのような感じだった!

でも工程のの全てが「シギという活動を元に集まっている人間たち」なのだから

「お任せで〜」で終わらせていいはずがない。

それは相手の専門分野の全てを理解するというのではなくて

お互いのもっている認識や人間性を理解しあうことや

この活動でどうしていくかを真剣に話し合って時には対立しあって

ブラッシュアップさせて成長していくのがチームだと最近は感じる。

それを感じるたびに「今までのわしの未熟さよ・・」と恥ずかしくなる。

3万年反省。

 

シギという活動の中でより良いものを作るために・・

いや、それよりも俯瞰して自分たちの活動がどんな社会的意義に繋がっているか

そのためにどうしていく必要があるか

自分の何を変えていく必要があるか

コミュニケーションを密にとっていく。

「シギは今までシギが作ってきた!」

その自負心や思い上がりは邪魔なので捨てて。

シギというものの土台からしっかり解体して意識的に作り上げていく。

 

あと本の中で書いてあって反省したのは

私はついつい自分の中で視界がクリアになるまで

ひとりで考えたいと思う傾向にあること。

 

「これについてどう思う?」という問いかけを人にすることはあまりなかった。

 

「ビジョンは対話から生まれるもので孤独に生まれるものではない。」

という言葉から、もっと開示していこうと感じた。

 

 

 

そしてそこに関わる人のだれひとりとして

軽んじられていい存在はいないということ。

シギという活動がその人の存在意義にも繋がれる部分があること。

ひとりひとりの生きてきた日々、感じてきたことを大切にすること。

あなたは〇〇の才能があるからオファーしたんです、というパーツとしてではなく

相手をひとりの人として理解して繋がり合う時間を作ること。

あなたがあなたであることで、あなたがあなたでいることで

わたしたちはもっと良くなることができる。

私が私でいることを否定されない安心できる環境を作ること。

安心できるから、心置きなく対立できる。それは否定ではないから。

 

チームの強みは、ひとりとひとりでふたつになるものではなくて

ひとりとひとりでふたつ以上の結果が出るのが強み。

その強みと想像ができない面白さを感じていきたい。

 

 

なので今は!勉強してやることを並べて行動するのみやっで!

シギの活動がもっといろんな人の手に渡って

チームの人数もバラエティに富んだ時に

その関わる全ての人が自分としての人生をポジティブに受け止められ

なおかつ前進していけるように

今は俺ちゃん経験値アップで駆け足でやっていくぜよ。

体調悪いとなんでも悪く見える説。

先週日曜日にラジオ収録してたときに

「めっちゃ元気でーす!」と言った数時間後に

めちゃくちゃ気持ち悪くなってそこから昨日まで横になっていた。

「俺はもうだめだ・・俺はもう死ぬ・・俺はもう眠い・・誰か生き霊飛ばしただろ・・」となっていた

まる1日水1口しかなぜか飲めない日があったりした。。なんだったんだ。。

思い当たる節は気圧や気温の変化とストレス説と運動不足説と

色々出てくるけど今日はほぼ普通に戻ったので作業再開。

 

昨夜に「8月意外に大変だったのかもな・・」と思い

今月起こったことについてノートに書き出して眺めた。

・長年引っかかってきた付き合いを断るの儀があり

・別件でちょっと合わないなと思うものとの距離を作るの儀があり

・身内のことで緊張&は?と思うことがあり

・その間に海に作業しにいったり小麦断ちしたり

・手紙でしょへすんと久々に言い合ったりこれは大丈夫か・・と不安になったり

・それで台風やら連日の雨&気温低下やらがあったから

そらーあーた。体調も崩すわよ。と私の中のデヴィ夫人が擁護。

 

でもこの8月大変だったな・・を書き出した後に

でも待てよこれ言い方変えると・・

・長年のつっかえてたものとおさらばした

・この人はどうなのかなと思うものがある人とはどこまで付き合ってもそこが解消されることはないのだなと思った&行動とれた

・部屋の掃除してかなりスッキリしたし小麦断ちや朝食和食に変えるもできたり

・ビーチコーミングできたし

・手紙も進化させたからこその言い合いでそれは成長に必要なものだったし

なんやねんオールオッケーやないっかーーーーーいっっ!!!!!

と思った。

 

体調が悪いと「あぁなんかしんどいあぁなんか大変かも・・」となりがちだけど

客観的に冷静に眺めると「いやいやむしろ超絶進んでますやんあんた」と

むしろ進んだからこその雨模様だったのかもーと。

天気予報も晴れが続いたあたりに曇りになって雨になってまた晴れになるように。

 

最近は体調が快方するとリセットのように部屋を掃除する。

今日も机周りや家中の掃除をしてまた1から。

そしてそのあとにこの先さらにどうしていくかを考えるのだ。

今回は運動不足はまじで運動不足説があったので

夕方過ぎになった頃にウォーキングゥをしてみようと思った。

気分転換にもなるしな!

 

過去は去った!そして今がきた!よっしゃ次どうする!

の感じで軽やかに晴れの間は進んでいきましょ。