優しさのない力なんて強さじゃないでしょ

今月の手紙。

冒頭はいつものように歌詞から一節。

 

今までのどの手紙とも違うテイストになっています。

なぜなら今まで手紙の紙デザインはしょへさんが担当してたのですが

今回音楽もしょへさんが参加しているからです。

 

シギが進化するということは

手紙も進化していくということなので

手紙を注文していただいてる方は

進化のプロセスをいちはやく味わって頂けます。

 

今回は実話を元にした物語の内容で

手紙という閉ざされた空間だからこそ書ける内容でもありました。笑

 

昔から私は「俺様すごい」「俺の話わかんないやつ全員無能」

みたいな態度で接してくる人が好ましいと思わないタイプで。

権力があってもなくても金があってもなくても

ただの人じゃん?と思う人間なので

そういう人との出会いの中から一曲作りました。

 

権力や地位を手に入れたり

そうじゃなくてもある程度年齢を重ねていくと

自分が主導権を握ってたいと思う人って出てくると思っていて

それで人が嫌がることをしてしまって問題になる人もいるけど

(ニュースでも最近は話題になってきてますね)

人の気持ちに鈍感になりすぎたり雑になったりする人は

反面教師にしていきたいとともに

主導権を握りたい人っていうのは逆に言うと

自信のなさからくる怯えが根底に隠れてるのではないかな

なんてことを想像したりしました。

 

今月の手紙のお届けを楽しみにお待ちください♪

思っていることが口にでる

どんなに綺麗な言葉を使っていても

どんなに綺麗な笑顔を作っていても

日常のささいな時に思っていることは出てしまうもの

 

自分にとって価値のある人間には良いことを言っていても

自分にとって価値のないと思う人間にしている言動は

まわりまわって価値のあると思っている人間の耳にも届くもの

そうするとその人間も去っていくし

価値のないと思われ粗末な扱いをされていた人間も去っていく

そうすると周りに人が少しずついなくなる

それを運が悪いなど思ってはいけない

自分の中に人を都合良く扱おうと思う気持ちがないか

自分の中に人を差別する気持ちを持っていないか

人によって態度や使う言葉を変える人は信用できない

価値のない人はいない 人は人だ

青の世界

こちらの一番右側の絵を出品しています。

ページはこちらから↓

https://www.creema.jp/item/12333780/detail

答えはあるのかないのか

過去の自分のブログを読んでいると

なんとも気恥ずかしい気持ちになることがある。

それは過去から今の間に別の出来事があって

過去のその時の自分では感じられなかったことや学びがあったから。

かといって過去の自分を抹殺したいとは思わず

ブログの連なりというのは自分の生きた時間の足跡みたいなもので

それを気恥ずかしくも生暖かい目で見つめる。

時に今の自分よりも鋭い言葉に出会ったりもする。

過去の自分から教えてもらうこともある。

未来の自分もきっとこれを見ていることだろう。

未来の自分に生暖かい目で見つめられるのなら

きっと今よりも歩いて行ったという証拠なのだろう。

 

曲を作っていると自分が今到達した答えは通過点にすぎないことがよくわかる。

人間は簡単に答えを欲しがったり自分の居場所を見つけ出そうとする。

人間によって度合いも変わるだろうが私には答えが欲しい気持ちが強かった。

だから葛藤している歌詞が多かった。

それはここじゃないどこかに自分のいるべき場所があって

この曲じゃない別の曲に自分の歌いたい曲があると

とにかく今じゃないということだけは確かな情報だった。

 

長年そうやって葛藤していて

その答えに到達したことがあるかと言われればない。

ないということが答えだとわかった。

いや、ないというとちょっと違くて

ないのじゃなくて、自分で決めることなのだ、と言ったほうがまだ近い。

それは導かれるものでもなく人に手渡されるものでもなく

自分で決めることであり自分で責任を持つことなのだ。

そしてそれを今の答えとして歩いていく一方で

厳密にいうと答えなんてものやはりないといったほうが確かではある。

今はこれが答えだと決めた、もしくはそう思いたいだけ。

こういう言い方をすると自分に厳しくみえるかもしれないけど

基本的には「大したことのない自分が

大したことないなりにやることをやり続けている」くらいの姿勢でいる。

 

「大したことはないが捨てたもんでもない」

これくらいの距離感で自分と付き合うことができれば調和がとれる。

真ん中で常にいることは難しいけれど

深刻になりそうなときに意識すると良い。

 

人間全員が大したことはないが捨てたもんでもない。

称賛しすぎることなく、粗末にすることもなく、フラットな塩梅で。

人間全員に未熟な部分があり、美しい部分がある。

その人間のひとりとして、捨てたもんでもないと思えることを

ひとつひとつ地道にやっていく。

 

いつか抜ける。

なかなかに良い歌詞が書けた・・・・

ひとつ抜けた感が・・・

こういう瞬間があるから

毎日の地道な考えることも調べることもやめられない。

それらが咀嚼されて

自分がしたい表現いいたい言葉が

出てくる瞬間が必ずやってくるから。

 

「なんだかなー」と悶々とするときは

生きていて活動していて何百回もあり

それを誰かや何かのせいにしたくなる時もあるけど

これじゃねえと感じるのは自分がやることをやってないからだ

まだ自分のもってるポテンシャルを信じられていない

めんどくさがってそれを使おうとしていないからだ

と思いだしてからは

こりゃ自分が答えを握っているなと

とことん自分と向き合う必要があるなと。

 

でも自分ととことん向き合うというのは

自分の中からこねくりまわすことじゃなくて

それだと今までと変わらなくて

むしろ外側に開くこと

自分の中にある思い込みや執着を外すこと

俯瞰した状態で色んな情報を知ること

仲間の耳の痛いアドバイスにも感情を外して真摯に聞いたり

そしてやる必要があることを地道にやり続けること

それも24時間ふんぬー!と頑張り続けるのではなく

地道に継続させるためには生活自体を整えること

休むことも活動の一部とすることなど

自分にハードにそして思い込んだまままっしぐらに行きがちな私には

なかなか新しいことばかりのことが多かったけれど

それもだいぶ身についてきて

ひとつここにきてある程度納得がいく歌詞ができたこと

それをとても喜ばしく思っているであります。

 

今日はぐっすり眠れそう。

明日も引き続きやでえ。