スマホを見る理由。

今日はラジオで

「ぐだぐだとスマホを見るのにも根本的な原因がある。

だから、スマホを見るのを止めるだけでは苦しいから

そこにどんな原因があるかを知る必要がある」

という話をして、

そのあと私多分10時間ぐらいぐだぐだスマホ見てた。

こういう生活めちゃくちゃ懐かしいなと思いつつ

なんだか体が動かないからたまにはいいか、と思ってたのだけど

そのあと頭が痛かったりしてたから

私単純に体調が良くなくて動けなくて

だからだらだらスマホ見てたのか!ということを知った。

自分でラジオでいったあとに気づいちゃ、世話ね〜や!てへぺろ

という気持ちで過ごした。

あまりしない頭痛の感じだったから

眼精疲労なのかなーと思った。

なんだか肩と首と頭が熱くて痛い感じ。

趣味だし仕事だし楽しいからやりすぎちゃうんだよな!てへぺろん

でも気持ちは大元気!

両手に色々なものを持ったままでは、新しいものは持てない。

ここ数年、ほぼ毎日何かしらの予定が入っていたのだけど

今年に入ってスケジュールが真っ白。

真っ白な毎日で何をしているかというと

シギとシ組を行うにあたって本当にやる必要があると思う事を

勉強したり、組み立てたり、実践したり、をしている。

その合間にご飯を買い出して作って食べて部屋の掃除をして、など。

それ以外はシギとシ組に集中している。

 

毎日入っていた予定が真っ白になるということは

それだけ断る案件が増えているということで

今まで色々受け入れてきた分、断るのは心も痛むし、連絡をするのがしんどい。

別に相手や物事が嫌いになった訳ではないから。

 

それでも私が何かを選び何かを捨てるという選択をすることで

「あいつ変わったよな、のり悪くなったよね」

「なんか嫌われちゃったのかな」など

裏で思われたり言われたりする事は必ずあると思う。

けれどそれを気にする時もあるけれど

気にしてたらきりがないし自分ができることをしようという意識に持って行く。

 

アドラーの嫌われる勇気というタイトルが身にしみるけれど

自分を生きていくということは、

何かを捨てたり

誰かにとって煙たい存在になったり後ろ指をさされたりする

そういうものを避けることはできない。

そういうものを承知した上で自分のやりたい事をやっていくと

責任感が自分に芽生えてくる。

生半可な所で終わらせたくないなとか。

自分がださいと思う自分でいたくないなとか。

自分が自分の意思で選んだという責任感。

 

だから私は

・本当にやばい、すごいと思える人や物事

・面白そう!!と直感で思う人や物事

・私にはない!できない!と思える人や物事

以外は全部ぶった切っている。

なんとなくのご縁で続いている内容というのは

打ち合わせの内容も出来上がったものの内容も人間関係も

全てにおいて靄がかかっているような内容なのだ。

ばっさり言い切ってしまうと

ぬるい・ださい・みたいな感じである。

それを作っている本人も、やばい!と思って作ってなさそうなのが

一緒にいて伝わる。

ださいぬるいと思いながら付き合うのも相手に失礼だ。

 

人の話でいうと

偉そうな人や自慢話が多い人

過去の栄光ばかりを話す過去に生きる人

舐めてるなと思う人(私を、というよりも世間や他人を)

などは意識して一緒にいない、近づかないようにしている。

そして音楽や何かを一緒に行うにあたっては

半端な人、考えが甘い人

その人の匂いや信念を感じない人

とは関わらないと決めた。どんなに優しくて人が良くても。

それは私がそういう人が嫌いだから、じゃない。

自分のやりたい事との歩調が確実に合わなくなる人だからだ。

不和をきたす。それならば最初から明確に基準を設けて

そこを越えない人とは日常で関わらないと決めた方が動きやすい。

 

なので、ぬるいな、ださいな、考えが浅いな、信念がないな

惰性で言ってきてるな、自分の都合しか考えてないな

という人や企画の話は全部ばっさり切っている。

その結果、人と会う予定がほぼなくなった。

いかに今までの私がなんとなくでスケジュールを組んで来たかがわかる。

 

「シギは誰とも合わずに小さな世界で生きていく」と思われかねないので

それを否定するためにいうけれど

これは序章なのだ。

本章に行くために必要なのは、余白を作ること。

整理を済ませて空間を作っておく。

それは物・人・時間・全てにおいて。

その空いたスペースに、

自分が次のステージでいるべき人との出会いを受け止められるように。

両手に色々なものを持ったままでは、新しいものは持てないのだ。

だから私はほとんどのものを捨てていっている。

本当に必要だと思うことって、なんて少ないのだろうと感じる。

昔の私は「何かを手にするために何かを捨てるなんて

そんな悲しいこといわないでよ、もっとうまいやり方あるよ」と

思っていたのだけれど

今断言できる。何かを手に入れるためには選別が必要だ。

なぜなら人間はいずれ死ぬから。

死ぬのは100歳かもしれないけれど

こうして体を毎日アクティブに動かしたり考えたりできる健康な時間は

そんなに長いとは言えない。

その事実をしっかり心にいれながら生きていると

自ずと自分がすべきこと、すべきでないことがわかる。

 

けれど「仕事のために愛を犠牲にする」「愛のために仕事を犠牲にする」

というのはナンセンスだと思っている。

仕事と愛が離れていては、人間を生きるという豊かさに欠ける。

仕事はひとりでできるものではないから、そこには相手への愛がある。

プライベートが安心できる愛があるから、仕事で戦っていける。

愛と自分のすべき事とは相反しないものだと思っている。

 

何を、誰を愛しているか。何を実行していくのか。

自分が選別したのだという責任を感じる。

それが自分を生きているという実感に繋がる。

シ組HPリニューアル&2020スケジュール表更新

シ組のHPをリニューアルしました。

最初ののほほんから一転、意思を感じるものに変わりました。笑

https://shigumi.wixsite.com/shigumisann

↑こちらURLをクリックして下さい。

また、コンテンツの中にある2020をクリックすると、

今年行われるイベント一覧がご覧になれます。

1ページだけではおさまらない量であります。

イベントを行わない月が2月ほどあるのですが

そこももしかしたら何かいれるかもしれません。

そして1月の間に2つイベントがあるものもちらほら存在します。

シ組のみなさんにはぜひ興味のあるものには

お気軽にどんどん参加してほしいです!

参加できない方も動画配信を行いますので

そちらから楽しんでください♪

今前回のレコーディング見学の動画を編集しております。

 

今年は去年終わりに構想していた新生シ組を実行にうつしまくる年

にします。そして来年、再来年ともっとアップデートしていきます。

本当はやりたいと思っていたことに踏み出せるように

自分を生きていると思える毎日を送れるように

自分に誇れる自分であれるように

シ組を通して「本当の自分」というものにフォーカスを当てて

本来生きたい生き方を選択していけるよう様々なことを行なっていきます!

そのためにも私自身どんどん自分のありたい自分を体現して生きていくよ〜!

毎日が観察と実験

半日断食なるものをやってみた。

ここ数日少し食生活が乱れていたために

少し胃の中に何も入っていないという感覚が欲しくなった。

 

18時間何も食べない(水だけは飲む)というもので

思ったよりも苦じゃなかった。

作業も心なしかいつもより集中できているような気がした。

そして18時間後に食べた納豆ご飯が美味しかった!

 

フリーで活動をしていると毎日の時間配分が自分次第。

ということは、食生活の管理も体調管理も自分次第になる。

私はあんまり厳しくしすぎないことにより

食生活が乱れてきたり部屋が散らかりだすと

「あ、だんだん忙しくなってきて乱れてるから意識しよう」と

自分を知るバロメーターのようにしている部分もある。

あんまりストイックに機械みたいに動きたくないなという気持ちが

今はある。

とはいえどうしても作業が楽しいので

意識しないとやりすぎに向いてしまうのでそこは気をつけている。

最近部屋は片付いたままの状態を維持しているものの

食生活でだらだら食いみたいな状態はずっとあったので

今はそこにメスをいれてどうなるか調査したい。

誰といたいか、何をしたいか。

昨年後半からシギとしてのあり方、シ組の活動を集中的に考えた。

そういう「これを決めてやるぞ」という気持ちで動いていると

それ以外の物事への影響も出てくる。

 

顕著なのは「集中したいものがあるから他を削る」ということ。

「明確にやりたいものが見つからない時」

「のんびりしながら生きていたい人」

というのは、いろいろなものに触れたり

ゆっくりしながら生きるのがいいと思う。

 

私も自分が浮き草のような感覚がしていて

外に正解を求めたり

「何か良いことないかな」と思っていた時期はかなり長く

だいぶ遠回りをして生きてきたと感じる。

それが無駄なことだとは思っていない。

そういう迷いの時とかあそびの余白の部分がある方が

歴史としては面白みがあると思う。

けどそういう時って、いつもどこか満たされなくて

心の底の方がだるく、重く、息苦しかった。

すがすがしい空気を吸えてない感じ。

 

今は、自分が集中したいことが明確にある。

そのことを考えたいし、そのために行動したい。

自分の中で意識がかたまったからには

ご縁だからと誘われた集まりに顔を出したり…

そこまで考えもせずにライブを引き受けたり…

そういう「なんとなく」なものを0にする必要がある。

 

今できることに集中したいし

今、一緒にいる人たちを大切にしたい。

それはプライベートもそうだし

シギでも、シ組のメンバーみんなもそう。

ライブに来てくれるお客さんも、シギを愛してくれる人も。

今の自分にはちょっと背伸びしてでもやっつけたいことがある。

それが自分を好いてくれる人に対しての責任だと思っている。

頑張ってたら、弱気になったり不安になったり弱さって出てくるけれど

それに対して強がることはせず自然体でいたい。

けれど、自分に対してだせえよお前って思うことを

自分にしたくない。

私の音楽に影響を受けた人のためにも

シギというものの重みというのをしっかり抱いて

その上で楽しいこと刺激的なことをどんどんしていきたい。