生まれた時点で死につつある

生まれた時点で死につつある

という言葉を見た

生まれた後は後退していけないものな

何か発明でもされれば別だけれど

「死んだ後に忘れられるのが怖い」

ということを言っている人がいた

私にはない感覚で新鮮だった

私は何もなくなってもいいな

今世きっと確実に生き切る気がするのは

今死んでも幸せな人生だったと思えるから

誰も覚えていない方が面白いかもな

そう思えるのはきっと

音楽を残しているからかもしれない

私自身の肉体や精神の臭いが

恐らく作品にうつりこんでいるからかもしれない

その音楽ですらも

いずれ腐敗していき 地面に帰っていったら

気持ちが良いかもしれないな

吉田松陰の志や生き方は

彼の死後も沢山の心に生き続けた

彼の蒔いた種は彼自身が滅びたとしても

その寿命よりもはるか長く

きっとこの先も生き続けるだろう

そのあり方に憧れた

そして音楽はそうあれる可能性がある

彼の足元にも及ばないほどだけれど

音楽の輝かしい部分

ダイイングメッセージのように

それを残して死にたいと思える言葉

自分の中の訴えよりもきっと

自分を超えたものからのメッセージ

 

マウントにも、利用される事にも、NOを。

とある食事会に行った時

同席していた男性が別の男性に

「そういえば、〇〇ちゃん、元気?」と

嬉しそうに聞いていた。

相手は「あぁ、元気にしている」というような事を言っていた。

〇〇ちゃんは、恋人か、奥さんか、と思っていたのだけれど

後から聞いた話によると

〇〇ちゃんはその男性のお気に入りの歌手らしく

〇〇ちゃんが売れるように場所を用意したり世話をしているらしい。

「〇〇ちゃんは彼のお気に入りだからね」

ニヤニヤしながら話す男性の言葉を聞いた時に

私は(私のブログなので私の言葉を単刀直入にいうことを許してほしい)

こいつらくずだな

と思った。

 

売れるように世話をする、というと聞こえはいいけれど

彼らの口ぶりや表情を見ていると

まるでその女性は彼の「お気に入りの物」のような感じだった。

女性も同意の上でやっているのだろうけれど

その関係性を見て、絶対に関わりたくない世界だな、と思った。

 

私は音楽をしている人間だと自分で思っているので

その音楽に敬意を感じないような相手

例えば上記のように「異性として見て近寄る」みたいな感じの人とは

私は話もしない。

異性として見合うのは、互いに興味があるなと感じた場合のみ。

 

 

もう一つ、私が嫌に思う男性の別の話。

昔、私が中学生の頃に

「君を中島みゆきにしてやろう。

ギターが下手だからギターと、理論の勉強をしなさい」

といきなり言ってきた、業界では偉い立場のおじさまがいた。

なんでいきなりやってきた知らない貴様に偉そうに

命令されて動かなきゃいけない

と思い、断った。

 

どんなに実績がある偉い人でも

失礼だと思うことをしてきたり言ってくる人は

私の中では全然偉くない人だ。

 

それでもやはり音楽性もあるのか

私にそう言ってくる人はほとんどいない。

異性として見て行動してきた人も、

20年ほど音楽をしていても数件あったくらい。

私の周りにいる男性も

マウントをとったり女性を物としてみるような男性に

嫌悪感を抱く男性が多いから

冒頭のような男性は一部の人のみだろう。

 

公平性をきすために

男性でも同じように女性から嫌な目にあっている人もいると思う。

ここは私の経験からする話なので

女性からの目線のみになってしまい申し訳ないが、続ける。

もし男性で、そういう人がいたら、書きたい。

 

これを見ているのが女性で

音楽をしていたり何かものづくりをしていて(していなくても)

もし何かこの人おかしいなと感じる人から

叱られたり、君には足りない部分がある。などと言ってきて

君に必要なものを俺はわかっている、という物言いをしてくる人の意見は

大体聞く価値がないと思っていい。

大体、他人を叱る、けなすこと自体が失礼な行為だ。

上記のようなわかりやすいパターンではなく

優しい雰囲気を出していても

あの人と会うとちょっと傷つく感じがする、自信がなくなる感じがする

とうっすらと感じるかどうか、が境目かもしれない。

 

わざわざ「音楽をしていたり…」と上記で書いたのは

弾き語りなどをしている女性に多いような気がしたから。

ひとりで活動している女性に近寄ってくる上から目線の男性。

お客さんでもいるようだ。

 

マウントをとって優越感に浸りたい

自分のいう通りに動かしたい

という他人の欲求をかなえてあげる必要はない。

それはそれで人生のネタになるかもしれないけれど

それ以前に関わっている時間の無駄だと思っている。

互いに相手を尊重した失礼のない付き合いをしたい。

 

我慢して笑って聞く女性は多いように思う。

「そこで波風を立てたらもっと面倒なことになりそう」確かにそうだ。

 

そういう時は最短で時間を終了させることを心がけながら

心の中で中指を立てつつ白目で話を聞いている想像をして時間を過ごそう。

自尊心は他人が守ってくれるものではなく自分で守るものだ。

もし「私は弱くて、何も言えない…」と思っていたとしても

心の中だけでは罵声でも怒声でも浴びせるのがよいと思う。

自分が思うほど、弱くない。

萎縮してしまうのは、あなたが弱いからではなくて

周りにいる人間が偉そうで失礼な人間ばかりだから、という可能性もある。

自由な気持ちを取り戻せたら

案外「私は弱いから…」と思ってる女性の方が

あほんだらーくそったれがー!!!みたいな女性であった場合も考えられる。

 

何を思った、何を感じたか、自分の声にちゃんと耳を傾けて

それを受けいれてあげることが大切だ。

他人が何を言おうが、あなたは何を思っても、何を感じても良くて

その素直な気持ちをなかった事にしてほしくない。

それを消したり殺したりしていると、自分がわからなくなってくるから。

自分を見失っても、周りの人間は責任なんてとらないどころか

もっと「こうしたらいい」「それが足りないんだ」と

あなたの領域にズカズカと入ってくるだろう。

 

男性の欲求を上手にいなすのが女性だ、

それをうまくコントロールして逆に利用するのがうまい女性だ

というのも一昔前はあったかもしれないけれど

それは昔の話だ。

そんな面倒なことをしたくないし

利用してやろうという気持ちをもつような人間関係を作りたくない。

 

健康的なのはやはり、同性で、

自分のやりたい事などを話せる人がいるのはいい。

その時も「えー、やめたほうがいいんじゃなーい」とか言ってこない人。

互いに互いの道を頑張りつつ、たまに会ってお互いを話しあって

すごいな、自分ももっと頑張ろう、と心がほくほくするような関係。

いずれ一緒に仕事しようね、何かしようね

と思い合えるのも素敵だ。

 

そういう女性の知り合いや友達がいない

周りにマウントをとってくる男性しかいなくて身動きが取れない

という女性がいたら、いつでも私に連絡をしてほしい。

偉い人間でも特別な人間でもないので

傷ついたり磨り減った自尊心を回復させるのに

私との時間はもってこいだと思う。

ゆっくり回復させて、健康的な人間関係を築いていこう。

自分の人生を取り戻していくのは、何歳からでも遅くない。

保護中: シ組限定公開ラジオ第47回「どうせ死ぬのになぜ生きる」

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私の腐る時と対処法。

腐っている時

・日が暮れてから起きて、明け方に眠る

・頭の中がずっとぼんやりとして悶々としている

・だるく、体が重くて動かないので横になっている

・実家にいる時はテレビを見ないのにつけていたり

・パソコンや携帯をずっとだらだら見る

・その自分を「ダメな人間だ」と責める

・体を引きずって何かひとつ作業をこなす

・悶々としたまま朝になり罪悪感と共に眠る

この感じが私の中で私が腐っている状態と感じる時。

 

腐る時というのは、大体自分があがる状態や好きな状態に遠くて

疲れとかストレスがたまっていて

それでだるいのにそんな自分を労わずに責めているから回復も遅れる。

疲れのほかにも

無意識的に正解を求めようとした行動をしたり

何かに気を使って生きている(いわゆる自分に嘘をついている状態)

と上記のような状態になる。

 

実家にいる時に腐っていると大体そんな感じだった。

で、回復するのにNHKのプロフェッショナルとかを見て

他の人の生き様を見て「すごい。私も私も!!」と思ったり

星座占いが好きなので、それの調べごとや勉強をしたりして

「星と自分」のようなものを調べて自分の傾向を見たり。

そういう事をしている時間が私の中での癒しとやる気が湧く方法なので

腐る→ちーんとなる→ちょっと疲れとれる→やる気でるものを得る→回復

のような流れになっている。

それ以外にも、ひとりで海に行ったりして自然の中に身を置くこともある。

 

最近は昔ほど腐ることは減った。

それは「腐るのは基本疲れてるから」ということを大前提において

「疲れてるのに責めない」ことを肝にめいじたから。

だから、なんだか体がだるいなと思う時は休む。

結構自分にスパルタになりやすいタイプなので

おもいっきり意識的に自分を甘やかして味方になるようにしている。

「今日は雨だし!!!!だるいのも仕方ないよ!!!!」

「ってか最近めっちゃ頑張ったし、そりゃー疲れて当然よ」

みたいに、自分にすごく優しい声かけをする。

 

で、私は「休むといっても休み方がわからない!」と思うタイプでもあり

常に考えたい、動きたい、何かしたいと思ってる人間で

いつもせかせかしているのだ。だからゆっくりできない。

なので休み方がわからなかったのだけれど

ある時に誰かがしていたアドバイスでとても腑に落ちる言葉があったので

私のようなタイプの人間に捧げたい。

「常に動き回りたいタイプの人間もいて、その人に対して

ストップして休むことを望むのは無理。逆にストレスがかかる。

動き回りたいタイプの人間には、車に例えると停車しなくていいから

少し速度を今よりもゆるめる、ということを休むことだと意識して過ごしてほしい」

 

休む=ストップしなきゃいけない。苦行。

と思っていた私にとって、

この「スピードをゆるめた感覚」というのがとてもわかりやすかった。

その言葉を胸において、疲れてるかもと思った時には、

スピードをゆるめよう

具体的には2つの作業を1つにしよう、と調整をしたりして工夫している。

 

そのほかにも最近は

・起きたらその日一番大事な作業をすぐにする

・それが終わってから家事をする

・夜に明日やることを書いて、明日のために体を休める

・起きたら昨夜決めた通りの動き方をする

ことを意識してから、腐る時間が減った。

昨日の自分の命令に従って今日の自分は具体的に動く。

それを繰り返すことで生活リズムが出来たように思う。

 

 

定時出社や、やる事を指示される事がないので

自分がいつも鍵を握っている。なので自分の傾向を知る必要がある。

今年の後半からかなり意識の変化と共に

生活の仕方にも変化ができてきた。

それでも嫌なことや不安になることや怖いことや

そういうことはいちいち湧いたりする。

暇になると大抵そういう考えがちらりとする。

あとは昔あった嫌なこととかをすごく思い出したりする。

そういう煩悩を隅においやるためにも、

昨日の自分の命令というのがとても良い仕事をしてくれる。

 

そういう時の私の私を甘やかしてくれるモードの私の声はこんな感じ

「OKそういう嫌なこと思い出すとかめっちゃあるよなー

でもそういう時って暇な時だからだ、そんな君に今日の作業を与えよう。

それが終わったら完璧!次は明日やることを先取りして今日やっちゃおうか

そしたらさらに完璧じゃないかー!なんてすごいんだ君はー!!!」

笑っちゃうけど、本当にこんな感じ。

自分にとってとても優しくて良い上司がいつもそばにいてくれて

声をかけてくれる、みたいな感じ。

 

なぜ腐る時の自分をわざわざ公開したかというと

もしブログを見てくれている人で

「シギはすごいなぁ」と思ってくれる人がいて

それに劣等感を感じたとしたら

私も腐る時を沢山乗り越えて、今もそういう気分に陥ることは

当たり前にある、ということをお伝えしたかったから。

というか何年も下手したらそういう時間の方が長かったかも。

 

世の中には「私は成功者です。私の通りにしたら幸せになれます」とかいて

そういう人は大抵「昔は散々だった、大変だった。」みたいなことをいってて

今はそういうの全くないみたいなことを感じさせる人が多いけれど

それってそういうブランディングだからだろうけど

でも本当の本当はどうなのよっと

疑問に思ったりします。

最近私は自分を開示することを意識していて

意思の話とか嫌なことを嫌だと言った昔話とか

なんだか強そうな感じがする場面の記事が多いかな、と思い

でも私は全然今は悩みも不安もない完璧人間!とかじゃないよ

ということを伝えたかったので

今日はそれを書きました。

あなたの心はあなたの指示を待っている。

シギの活動にプラスしてシ組での活動も大幅にパワーアップするのは

自分で提案をして、それを具体的に形にして示す必要性を感じたから。

 

自分で動かないとだめだな、と思った理由の一つに

「自分の頭で考えないで出来た実績は実感が少ない」というのがあります。

 

所属ではなくフリーという立場になった時もまだ私は

「CDは出しとくもの」

「ライブはやっとくもの」みたいな定型文通りのやり方で

自分の頭で考えた行動というのは到底できていませんでした。

恥ずかしい話なのですが

結構漠然と「この先に良い出会いがあって広がっていけばいいなー」

くらい、いい加減に考えていました。

その時はそれでも必死だったのですが。

 

自分だからこそやる必要があるものは何か

それを今(2019の時代に)やる必要、意味があるのか

それをしてどう繋げていくのか

こういうものを底の底から考えたり、サーチした末にでた結論こそ

自分の頭で考えた行動といえるかな、と自分に思いました。

 

今の時代は、少数精鋭でもひとりでも活動を広げていける。

音楽の活動の場はもはや日本だけではない。

日本にいても世界中の人に聴いてもらえるし、

ライブも海外に軸を移す日本人も増えてきている。

トレンドや自分の特徴を加味した上で、

自分の頭で考えて出した提案を挑戦しやすい、発信しやすいのが今の時代。

 

わざわざ私が「大きな事務所に所属しない」という言葉を先日書いたけれど

それは所属しているのはだめだといいたい訳ではもちろんなくて

私という立場がやることは、昔やった事のある行動に戻ることではなくて

一回もやったことのない方にチャレンジすべきだな、と思ったから。

 

もう一つ現実的な話をすると、

 

事務所は動く人間が多い分お金もかかる。

「この人と一緒にやっていきたい」と心から思えるパートナーが

事務所の社長だったりするな、一緒にやった方がいいけれど

上にも書いたように「事務所に入れたら仕事も入るし普通はそうする」と

思ってるくらいの気持ちだったら、考え直した方がいい。

今の時代のタイアップもそこまで恵まれたものではない。

第一テレビを見ない人が増えている。

バラエティ番組の騒がしい中に流れるエンディングの音楽もCMの音楽も

それをきっかけにして「このアーティストは誰だろう!CD買おう」と

あなたは実際思ったことがあるだろうか。私はほぼない。

メジャー=タイアップ=売れるの構造はあまり力を持っていない。

 

アーティストサイドが自分の音楽の見せ方を熟知していて

レコード会社がそこに需要を感じ

互いに同じ立場で売り出すことに前向きに協力的になれるなら

私もそういう所と出会えるのなら

その方が可能性は広がるだろうと思うけれど

それも長尺の契約ではなく

互いにリスクを負わない1枚ずつの契約がいいと思う。

 

もし作詞作曲をせず歌を歌ってるだけの状態で契約していたら

実演家印税というものが入ってくるものの

売れない間の取り分はたったの1%だ。

給料も今はほとんどもらえないという。

それで、あまり人が耳を傾けないタイアップに選ばれ

もちろんそれはそこまで枚数がはけることなく

取り分もスズメの涙で

それ以上に契約に縛られ自由な活動ができない。

そうなった時にその人は会社のせいにするかもしれないけれど

その選択を選んだのは自分自身。

 

会社側は、所属しているアーティストに自分の与えられた仕事をやっているだけだ。

そのアーティストが契約を切られようが、新しくアーティストが入ろうが

基本的には自分のする仕事をやるだけし、

契約をしている間は責任感もあるかもしれないが

本来アーティスト活動に対する責任は仕事の中に入っていない。

 

だから「普通はそうするから」という気持ちで生きていってほしくない。

他の人のいう「普通はこうだよね」という方に流されてほしくない。

きっとその先にうまくいかなかった時に

きちんと自分ごとに考えなかったことを後悔するだろうし

うまくいったとしても、どこか満たされない気持ちが生まれると思う。

 

もしあなたが音楽活動をしている人で

不安から周りに「どうしたらいいですか」と安易に質問しているとしたら

周りはその答えを知らない。

聞かれたから良い気持ちになって答える人や

親切な気持ちで答えてくれる人はいるかもしれないけど

それはその人たちの考えなのであって

あなたが頭の中で出した事ではない。

答えはあなたが知っている。

その答えをあなたは眠らせていて、自分には答えを言う価値がない

そんな実績もないし、周りからも色々言われて自信もない。。

と思って周りに委ねているかもしれないけれど。

 

世間の普通というのは無責任なものだから。

世間の普通に合わせて苦しんだところで、

周りは「でも結局選んだのあなたじゃん」と冷たく言い放って終わるだけだ。

自分の音楽としての役割を考えたり

それをどこにフィットさせていくか、どう新しい活動をしていくか

自分の音楽はこの時代の誰のために捧げたいのか

音楽と音楽以外の何と絡んでいくと面白いか

を考えた方が可能性は広がる。

 

あなたが一つの船だとするのなら

どんなに立派な船だとしてもリーダーがおどおどしていては

旅をするのに心もとない。

あなたの船は、あなたがリーダーであり

あなたの指示を待っている。他の人はあなたの船のリーダーではない。

何かを調べたり、いろんな人の生き方や考え方を参考にしたりしても

最終的に判断をして、その船を動かすのはあなただ。