あなたのようなわたし

わたしの知らない時に

どこかで産まれたあなた

あなたの知らない時に

どこかで産まれたわたし

 

ひとつの街の中で出会って

そこからは何をしているか

何が好きなのか

ひとつひとつ伝えあって

ひとつひとつの場所に行って

同じ景色を見ることが

出会うまでの時間を埋めるみたいで

なんだか優しい

 

どこの町からきた鳥

青い空に馴染めずに

孤独が君の輪郭を際立たせる

 

どこかで見たような景色

どこかで聴いたような音

どこかで嗅いだような香り

前から知っていたような物語

 

小さい部屋で

わたしたちは抱きしめあう

なにかを話してもいいし

なにも話さなくてもいい

そんな時間がわたしたちみたい

 

どこかで見たような後ろ姿

どこかで聞いたような笑い声

あなたを忘れる日はない

 

あなたのような空

あなたのような夜

あなたのようなわたし

わたしのようなあなた

山越え

十月十七日。晴曇。

帰宅したのが十時頃だったように思う。

体力的にも疲れているうえに

口論も非常に体力がいるので

へろへろもへろへろだったため

数時間仮眠。

戦いの後のようだ。

おもちゃ箱みたいな内容の夢を見た。

そのあと食事しにいって

帰宅して今日は一日休もうと思い

ベッドに入ってまるちゃんを流して無心。

少し復活。

トラブルが起きると

自分の反省点とか未熟さがよく見えてくる。

そういう点では何も起きないよりか良いのかもしれない。

改善点がわかりやすく浮き彫りにされるために。

公私共に

生きてくうえでは人と関わらなきゃいけないから

なるべく近くにいる人たちとは

いろんなことがあっても

乗り越えていきたいと思える限りは

乗り越える努力をしていきたい。

と最近の自分を反省。

改善改善!

しかし本日は歌うのお休みしてゆっくりする。

シギは激怒した。

十月十六日。曇。

明け方のメロスの件は

大まではいかなかったけれど

おこメロスくらいであった。

腹をわってわかりあえることもあれば

腹をわってだめになることもある。

でも腹をわらずにだめになるよりは

よっぽど良いのだろう。

 

生まれては消えていく。

十月十五日。曇。

大事な物語を二つ読み終える。

私の中で解釈されたような詩が一つ出てきた。

不思議なことである。

それまでは空虚な頭だったはずが

一行が出てきたら

するすると言葉の続きが出てくる。

まるで連れて行ってくれるかのように。

影響を受けるというのは

その人の血筋が一つ自分に組み込まれる

ということなのかもしれない。

色々な事を考えていても

最近私の中にある空間はとても静かだ。

答えを探そうとしていたけれど

重要なのは問いにあるようだ。

僕の苦しみさえ愛するもの

ものをつくる

あのひとは

小さくて静かな湖のように

澄んでいて

自分の不安に

注意深く耳を傾けている

自分の傷から

何かを感じようとしている

 

救いがないということが

唯一の救いになることもあると

あの人は言っていた