忘れるな

今後シ組の方で随筆、自伝のような

物書きをしていきたいと思っている。

昔、知り合いの人に

「どういう人生を歩んできたのか知りたい」と

言われ、大したことはないと思っていたのだけれど

やはり思うことは沢山あった時間だったとも思う。

なので正直な言葉にしたいなと思っている。

明日は魔界で私は歌をうたってくる。

 

あの人は頭を抱えながら歌っていた。

絶叫とも呻きとも言えない声を出した時

喉からでているのではなかった。

体から奥から過去から今までを

振り絞って吐き出しているようだった。

多くの人は圧倒されてそれまでのノリを止め押し黙っていたが

その中で自分の苦悩と重ね合わせた人が何人もいただろう。

「自分がそこにいる」と思った人がいただろう。

「自分が出せなかった心の声だ」と感じた人がいただろう。

あの人は誠実な人だよ。

自分に無理をして

思ってもいないことを言葉にしている時でさえ

あの人の本当は汚されていないんだ。

なぜって、ずっと心の中にいる自分の声を

殺さずに生かしている人だというのがわかるから。

表情からも言葉からも声からも。

歌で格好をつけようとしていないところから滲みでている。

あの人はこの先もずっと誠実で純粋で。

そういう人だよ。

 

僕から君へ

人はいつか死ぬ。

人はひとりだ。

ふたつがひとつにはなれない。

どんなに頑張っても

どんなに金を稼いでも

どんなに愛し合っても

どんなに幸せになっても

いつかそれを全て投げ出して

終わりにしなければならない。

それはとても虚しいことだ。

だけどこれは絶対に揺るがない事実だ。

だからと諦めて生きるのは

だからと根無し草のように生きるのは

だからと全てを投げ出すには

人生はあまりにも長い。

僕と出会った君。

僕たちは別々の人間だ。

僕はそれがあまりに悲しい。

ひとつになってしまったら

君という人に触れられないからと

言い聞かせても

僕と君が違うことが悲しい。

その事で何度か僕は君に感情的になった。

君はこんな僕を不思議に思うだろうか。

僕がこう思うのは

僕があまりにも孤独だからだ。

芸術家の中には少数

そうでなければならない人間がいる。

僕は世間の人が口を揃える幸せは

全然幸せなことと思えないんだよ。

けれど世間の人の心の奥底の本音には

僕の心は震えるんだ。

その奥底の本音を

この体で表現し続けるのが僕という人間に

与えられた役割だと思っている。

僕は最近随分と苦しんで

ようやく確信に至った。

世間の人々の中には

奥底の本音を押し殺して

自分ひとりで苦しみを背負って

社会の中で生き続ける人や

自殺してしまう人がたくさんいるだろう。

音楽というものは

いつだってそういう繊細で優しい心の持ち主に

寄り添ってくれるものなんだ。無条件で。

見放さないものなんだ。

僕の中の、音楽というものはそういうものだ。

僕が作る、音楽もそういう類のものだ。

そう思いながら生きているから

孤独が終わることはないのだと観念したよ。

これは僕なりの誠実な恋文だ。

この孤独を背負った上で君に伝えたい。

君が好きだ。

心情を味わう

今日は邦楽を聴きにいった。初。

外が庭園だったので最高に雰囲気が良くて最高だった。

庭園でお茶とか飲みたい。

クイズとかもあって楽しかった。

2択だったんだけど私はほぼ不正解で、

私ひとりだけ不正解とかもあった。恥ずかしかった。

虫の鳴き声がする笛の体験に立候補して吹いた。

お客さんの手拍子と演者の太鼓と一緒に合わせて吹いて、楽しかった。

あとは蝶々の小道具を演奏中にひらひらさせる所があって

途中でその蝶々をつけてる棒がひっくり返って

死んだ蝶みたいになってしまってて

演奏の終わりに堪えきれずに

お客さんと演者とみんなでぶふぉーって吹きだしたの

めっちゃ面白かった。

邦楽を楽しく知ってもらうというコンセプトの通り

和やかで楽しかった。

邦楽での効果音の解説も

私のやっている音楽にはない部分ですごく勉強になった。

むしろいれたら面白いかも。

雪の降る音を太鼓の音で表現してたのだけど

雪が降ってる様、という効果音じゃなくて

「雪の降り積もる日は音がしないため

周りの音がせず自分の心臓の鼓動だけが聞こえる」

という意味合いらしくて、

もうそれ効果音ていうかそれだけでドラマ!と感じて唸った。

終わってから他の楽器も触らせてもらった。

歴史とか太鼓の楽譜とか色々教えてもらった。

もう一つ知りたい事があったので

今度聞きたい。

一個聞くと「なんで?なんで?どうして?」病が

止まらない。

たい焼き美味しかった。

謎は全て溶けた

っっ溶けちゃったよっ!(さまぁず風)

こんなにっこりした笑顔になれない感じに腐っていたのだけど

探し続けてわからなくなって何を探してるのかも

見失っているような雰囲気が漂っている時に

A「もしもし、あなた、そこ何か落としましたよ」

私「あ、すいませ…って探してたのこれやないかああああああい!!!」

みたいな出来事があった。

 

 

昨夜私がクローゼットの中にある本を全部かきだすように出して

読もうと思ってなかった本を手にとったのが

偶然とは思えない。。

今思うとその本に言われたみたいだ。

「やっぱお前これが好きなんだろ!」

もう何回振り切っても後ろにあるような感じ。

公でも私でもなんでも肝心な所で素直になれない時があって

または素直だと思ってたものが

実はちょっと歪んでたりもするから(例えばAさんは

実は昨日友人との間で腑に落ちなかった出来事が

ずっと心の中で引っかかってあるのに

それを今朝の母親との諍いのせいだと思い込んでいたり)

 

そういう風に人の本心って本人でも気づかない間に

何重かになっている場合も

少なくはないと感じるようになってからは

なんでもかんでも自分の「これ!素直!気持ち!」を

人にも出せないようになってきたのだけど

でもそれは臆病になっているというよりも

冷静になっているといった方が近いのかもしれない。

でも好きなものはやっぱすっきゃねん。

それって他人に言葉で説明するだけ野暮だ、感じちゃうんだもん。

めっちゃ良いと思っちゃうんだもん。。

好きって止められない。

 

まともではいられない

私が私でいたいと思う事に

理由なんてあるだろうか

 

理不尽な事で怒って

自分勝手な理由で辞めて

急に思い出して泣いて

そういう勝手なものが好きだった

エネルギーに溢れて正直だから

 

好き勝手に怒って悲しんで笑って

それを骨の髄まで分かち合って死にたい

わけのわからないことで怒って

わけのわからないことで笑って

それを骨の髄まで分かち合って死にたい

正直な方へ 自分を騙さない方へ

 

これが自分の中の美しさだと

感じられる方へ