命が燃える季節。

今月は私の誕生日がある。

年がら年中花粉症の身としては春も厳しいうえに

とどめを刺すように気圧の変化で気持ち悪くなる年も多い春。

 

そんな身からしたら「春大好き!」と言いにくいのだけど

今年の春はいつも以上に味わう気持ちで過ごしている。

 

というのも

つい最近、季節ごとの生まれの特徴みたいなものを見かけた。

それはこういう内容だった。

「春生まれの人の特徴を季節と共に表すと

至る所で花が咲き、草木は色をつけ、虫たちは活動的になる。

生きてるものが待ちわびていた春の訪れ。

多くの命が誕生する春に生まれた人は

とても情熱的でアクティブな人。

けれどそれは暑苦しい情熱というよりも

春風のような爽やかさのある情熱をもつ人。」

…というようなことが書かれていた。

 

「アクティブで爽やかな情熱を持つ人か…めっちゃええやん!!!!」と

お気に召しましたわたくし。

そこから春を見つめる眼差しにも

どこか今まで以上の親密さや嬉しさが入っている。

 

春、大好き!

目に映ったもの。

天気の良い日が続くこの頃。

公園へ行ってきた。

ハイポーズ! にかぁ♪って感じのするチューリップ。

幸せそう。

蜂もせっせこ沢山の花をいったりきたりしていた。

公園の写真はインスタに色々載せました。

インスタもぼちぼちやってるのでのぞいてみてね!

https://www.instagram.com/shigi_official

最近前に比べて写真を撮るにあたっての気持ちが変わり

すごく楽しく撮影している。

その感じはインスタに載せてっていけたらと思っています。

 

広場的なところには結構な人が遊んでいたけど

一歩奥に入るとひとっこひとりいないくらい静かだった。

背の高い木々の下をのんびり歩いて気分転換できた!

保護中: 3月振り返りと4月のイメージを一緒に作りましょう!

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気づいたらもとには戻れない

自転車の乗り方を一度覚えてしまうと

自転車を乗れなかった頃には戻れないように

気付いてしまったらもう

その前には戻れないことがある

ひとつ ふたつ みっつ

生きていくさなかに出会う眩しい太陽

いつつ むっつ やっつ

胸の中に灯火として仕舞われる

そして歩き出す

君に再び出会うために

答えのない中を生きていく。

シ組限定ライブについてみなさんからお声をいただきました。

ありがとうございます!

色々なお話を見させてもらいました。

 

ライブを行うための軸として私が思っていることは

1.ワクチンの摂取率(特に高齢者と持病のある方の摂取が終わる時期)

2.変異株の動向

この2つを見ながらの状況になると思っています。

 

前回と同じようなシ組ライブの形を企画していましたが

今回のみなさんの声を受けて

別のパターンも思いつきましたので

上記2つの状況次第となりますが

色々な形でのライブ活動ができたらと思います。

 

以下は私の最近の気持ちですのでお時間ある方は

見てみてください。

 

1点私が気にかかっているのは

箱を守り経営されている方たちの存在です。

表に立つ人間は、

私でいうとシ組やCDやグッズを買ってくれる方に支えられて活動ができています。

しかし表に立つためには

立つ場所を作ってくれる方の存在や

照明さん音響さんをはじめとしたスタッフさんの存在があってのことです。

 

お世話になっているライブハウスの来月のスケジュールを見てみると

ライブの予定は三件でした。それで生活ができるわけがなく

給付金では到底やっていけないから

ライブハウスは次々と閉店しているのでしょう。

 

私自身もコロナで行動が縮小しています。

ライブハウスにも行けてない身分で言えたことではないと思うのですが

ずっとお世話になっていてこれからもお世話になる場所が

苦境に立たされている状況をただ眺めていることしかできないことに

なんともいえない気持ちになります。

シ組のライブも、箱を動かすことで

その箱はまだまだ生きているんだという活気に繋がらないかという

気持ちからの話でもあります。

 

しかし冒頭であげたような変異株の動向と

退院した後も後遺症が残る人が多くいることが気にかかります。

 

一方では「怖がっていてもしょうがない」こういう言葉を聞きました。

私の髪を切ってくれる美容師さんの言葉です。

年末年始に感染者数が急増してからというもの

都内まで髪を切りにいっていいものか迷ったあげく

少しおさまった2月に行きました。

美容師さんの話によると

都内に住む人と都外では温度感があるようで

私のように都外の人で様子をみてこない人も多いみたいでした。

 

それでも久しぶりに都内に移動して思ったのは

電車に乗るのは黙っているし

美容院でもマスクをしてそこまで話さないし

途中で消毒したり手洗いをしていれば

そこまで危険なこともないな

大事なのは検証の結果危険だとされる行動をとらないことだな、と

思ったりしました。

 

「怖がっていてもしょうがない」という美容師さんの言葉に

最初は「そうは言ってもなあ〜まだわからないこともあるし」

と思う気持ちもあったのですが

コロナが出始めてから1年少したって、それでも状況は変わらず。

おそらく数年はこういう状況なのではと言われています。

そんな中で、このままの生活を続けていたら

確実に潰れる店と自殺者は増えるでしょう。

この時期だから仕方がないという言葉を添えられながら。

本当に仕方がないことなのだろうか、と思う気持ちと

だからといって私がどうすることができるだろう、という気持ちで。

 

その中でも、髪を切りにいくことは変わらずしようとは思いました。

髪をきちんとするということ以上に

私のことを10年以上面倒みてくれた美容師さんとそのお店に潰れてほしくないから。

 

ライブハウスも美容院も、同じだと思っていて

どちらも「今行く場所じゃない」「今は我慢のとき」と言われる対象。

でもその「今ではないと外された人たち」も

そこで働く人たちは生きていかなきゃいけないし、家族がいる人もいる。

 

「怖がっていてもしょうがない」という言葉は

能天気のように聞こえるけれど

その言葉の裏側には

自分が長年続けてきた仕事が絶えるかもしれないという

そういう気持ちが入っていたような気がしていて

最初に美容師さんの言葉から思った私の感情は

浅かったなとその後反省したりしました。

 

確かにコロナに合った新しいことをしていったほうがいいというのは

時流に限らず生きてる限りは新しいことへの挑戦は必要と思いつつも

得意不得意というのは存在します。

全ての人がぽんぽん新しい挑戦に乗り出すことが得意なわけでもなく

不得意なものは溺れても誰も助けてくれないのか。

 

助けたいのはやまやまという気持ちが多いからこそ

心が痛む人が多くいるのも事実です。

みんな好きで動いてないわけでもなく

本当ならストレスなく自由に動きたいのはやまやまで。

ここで私は誰が悪いということをいいたいのでも

こうしたほうがいいという答えをだしたいわけでもなく

ただひたすらモヤモヤする内容を書いています。

 

そういう問題というのは生きてると少なからず存在します。

簡単には解決しない課題と一緒に生きながら

葛藤したり悩んだりしながら

その時その時で自分なりの行動をしていくしかない。

けれどその行動をしたところで全てが救われるわけもない。

それが必要なことだと思う気持ちでいます。

世の中には「これはこうだ!」と強い言葉で答えを出して

誘導するものがありますが

不安だと安心したいあまりそういう答えにすがりたくなる事もありますが

あまりそういうものに流され惑わして主体性を手放すことは

危ないことだと感じます。

簡単に答えのでることは脆いものだと思うのです。

 

未曾有の中を手探りで。

それでも生きている限りは、時間があるということが可能性になる。

背負ったものや抱えたものを、いつか無駄ではなかったとするために

時間という可能性を使って少しずつでも幸せなほうに傾いていけたら。

自分自身の人生だけでなく

自分も他者も心のケアやサポートをしあえていけたら

そういう気持ちをもちながら

本来の自分がいきたい道へ

早く形になるように今はせっせこ集中しています。

 

長文になりましたが今の時勢に対してはこのように思っている次第です。