全てが嫌になって投げ出すその前に

二月の手紙。

タイトルは歌詞の一節。

 

冬の終わりに

盛り上がるでもなく盛り下がるでもない

そんなささやかな日常の中で

聴けたら良いなぁという気持ちで作曲した。

 

深刻さに支配されて壊さないように

何気ない自分の日常を愛せるように

今の自分にできることをひとつずつ

日々を積み重ねていく。

 

今の私が毎月毎月、こんな言葉をかけたいな

と思う言葉を曲にしているので

リリースする時はどうしても何ヶ月と

作ってすぐ出せないので

スパンがあいてしまうデメリットがあって。

手紙は毎月納品なので

クオリティを何ヶ月とかける仕様にできないけれど

だからこその身軽さ(そのままの裸感)と

思い立ってすぐに音を届けられるところに

手紙の特別な部分があると思っています。

 

絶賛制作中です。

ポストに投函される日まで

しばしお待ちください。

全てが表現者。

全てが等価値。

人間も動物も植物も。

空も大地も海も。

わたしは人間中心主義に陥りたくない。

人間様がてっぺんだと思いたくない。

全てと共に生きて死にたい。

 

罪と共に生きて死ぬ。

愛と共に生きて死ぬ。

他と共に生きて死ぬ。

 

与えられた自分という命

ただひとつを使い切る。

 

駆け抜ける 闘う

休息 愛する

ものを描く 歌う

君からもらう 君に渡す

 

育てていく 自分自身を。

導いていく 自分自身を。

 

生の全ては作品。

あなたという命の作品。

わたしという命の作品。

自分自身で描いていく。

全てが表現者。

 

全てが等価値の世界で

それぞれの命を咲かせる。

枯れるその時まで。

 

バレンタインとは

バレンタインにコアラのマーチ。

ミニコアラが激かわいくて食べられなかった。

バレンタインデーということで

バレンタインディナーぽい感じの

ビーフシチューを作った。

圧力鍋がないので1時間半ほど

ことこと煮込んでやわやわなお肉感動した!

たかが気分、されど気分。

一息ついたときに

たまたま出てきたチェットベイカーの映画の予告を見ていると

メロディが浮かんできたのでボイスメモに残した。

チェットベイカーの雰囲気とは違うものなんだけど

前々から作りたいけどどう作ったらいいかなと思っていた

メロディだった。

こんな瞬間にそれが出てくるのか!と驚き嬉しみだった。

 

手紙で毎月新曲をかいて録音して

新作を出す目的で作ったりで

作ろうとして作ることが多かったので

作ろうと思ってないタイミングで

ふっと浮かんでくるということが久しぶりだった。

 

音楽は所詮、気分。

でもこの気分というのはとても大事な部分。

深刻に囚われて気分が落ちていると

絶望的になって心が苦しく辛くなる。

そんな時にそっと肩に手を置いてくれる音楽。

心にある苦しさがブルースとなってドラマになる。

夜道を歩く静けさと星のささやかな明かり。

その中で軽やかでアップテンポな曲を流せば

さながらミュージカルのように

暗い夜道をステップで踊り出したくなる。

 

どんな気分に浸りたいかで流す音楽を決める。

車に乗る時、歩く時、寝る時。

たかが気分でもされど気分。

ドラマチックになったり軽やかになったり

悲しみに浸ったり恋を盛り上げたり

音楽が存在する喜び。

 

最近音楽と向き合っていると

そんな当たり前にあった音楽の

素晴らしさを感じることが増えた。

今まで聴いていて感じることが多かったけれど

最近は作るということの中に

今までとは違う喜びがある。

また新しい感触で音楽と向き合っている。

新鮮な気持ち。

零新作。

最近の絵。まだ零で出品はしてません。

もう1枚描いたけど撮影がまだなので次の機会に。