あなたが幸せになる道を選ぶの

今年最後の手紙「ぼくを待つ」只今制作しています。

タイトルは今回お届けする曲の歌詞の一部になります。

 

今年のラストを飾るものと思うと

色々気が引き締まるというか謎のプレッシャーを

自分に感じたりしたのですが

この師走のせわしない時間が続くと思うので

重荷や強張った体の力をふっと抜けるような曲で

聴いてくださる方を包みつつ背中を優しく押せるような

(胡椒を少々いれつつ優しくかき混ぜるみたいなレシピぽい文言)

曲を届けられたらいいなと想像して今回の曲が出来上がりました。

 

今月22日にオープンする零での曲は

素のままの自分をどれだけリアルにいれられるか

というのが自分にとってのチャレンジでもあるのですが

今回の曲は素とハーモニーのどっちもいれて

シラフと厚みをどちらも一曲で楽しんでもらいたいなーと

思って録音しました。

 

そして、詩にも想いを込めました。

2020も終わりという一区切りが打たれる時期に

私からぼくを待つを購読してくださる方へ

手紙を書きました。

本当詩だけでなく、曲も毎回手紙を渡すような気持ちなんですよね。

 

ぼくを待つというタイトルはいろんな意味が想像できると思うのですが

ポストに届けられた詩と曲の中から

自分に合った感覚や言葉の意味合いを見つけられて

それが自分を知っていく、自分の一部を新たに見つけるという意味で

私からの手紙を待つようでいて

新しい自分の発見を待つという

そういう形になればいいなぁという意味と願いを

私はこのタイトルに込めました。

 

色々なことがあった2020ですが

2021も2022もその先も

あなたがあなた自身の幸せに繋がる道を選択して

一日一日を歩いていけるよう

祈っていますし、応援しています。

月に一度お届けする手紙という形でこの月日を共に歩めることを

幸せに思っています。

サブスク配信が1曲増えました!

弾き語りアルバム「僕は寂しかった」の中から

「歌うか死ぬか」を配信致しました!

以下のURLからぶっ飛んでいってくださいませ♪

https://linkco.re/NbducgAE

 

そして「僕は寂しかった」は

BASEからCDのご購入ができますます。

https://shigi.thebase.in

 

フランスに続きキルギス共和国でも

私の曲がJ-POPランキングで

なぜかランクインしていたみたいで

しかもキルギスは15位くらいだったっけな?

なかなか上位で

宣伝も全くしていない身としては

不思議な喜びに包まれております。

 

リラックスと音

本日も部屋の中でよくやった。

やりたいことの120%くらいできて大満足。

今日は零の曲を全部完成させられたかもしれない。

明日聴き直して問題がなければ完成。

想像よりバラエティ豊かになった感。

寝る前のリラクゼーションとか

帰り道とかのぼーっとしながら歩いてる時とか

そういう時にぴったりの曲になったのではないかな。

私初体験で作ったインストもいれたけど

個人的にかなりリラックスできる。

シギって歌ありきというか歌がないと

成立しないくらいに思ってたけど

そんなこともないよ!と自分に思えた。

ここに入ってる環境音は

全て自分で録音したもの。

全体を通して不器用であんまりうまくもないけど

私の味がでてるとおもう。

楽しみにしていてくだせえ!!!

零ロゴ完成&OPEN日決定!

絵画と音楽の新しいプロジェクトである

「零 freedbyshigi」ですが、

ロゴが完成しましたー!ぱちぱちぱちぱち

みてみてみてー!!!!

こちらになります!!!!!じゃーん!!

じゃーん!

じゃーん!

じゃーん!

じゃーん!(何個あるんだよ)

 

しょへすんに作ってもらいました!!!!

良い仕事しますねえ〜。とっても気に入った!!!!

これでより零が引き締まった&世界観ができました!

ありがとうしょへすーん!!!!

 

 

そしてOPEN日ですが!

2020年12月22日(火)にOPENすることにしましたー!!ぱちぱち

とんでもないことが起きないかぎりは

22日OPNEで進めていきます。

 

まだまだ零においてお知らせすることはございますので

お待ちしていてくださいませませ。

自分という表現を探究する。

例えば先ほどかいたブログの一例をあげると

零で発表するための音楽を現在は作っている。

 

色々な録音方法を試してみたが

一番しっくりきたのはMOTIVを使った1発録りだった。

 

弾いていると、弦が指に触れてびびった音がする。

歌っていると、出すべきところの音がでなかったりする。

今まではそれがある度に当然のようにやり直ししていた。

レコーディング現場でも確実にエンジニアさんから

「あーおしいね」とお互い言い合う場面になる。

私はその細かいニュアンスの探求にすごく時間をかけるタイプだった。

きっちり合わせて、かつ、ニュアンスもある、というような。

 

零でも、もちろん何回も録音し直している。

けれどそれは間違えないように、という録音ではない。

一番良い温度感の自分の瞬間を録音するために、という録音になっている。

だから、弦がびびっても声が出てない部分があっても

それも込みで、そしてそれ以外の部分の空気感がどうなのかで判断した。

おそらくはたからみたら「え、今の音出てなくない?」とか

「ノイズになってない?」と言われるような部分も

それが今の私には必要な自分の表現だと感じた。

 

なぜなら私は道のりの途中であり、ほとんど無知な人間であり

何も出来上がっていないような人間だから。

そういう人間が「間違いがないように綺麗にとる」というよりも

「この今の私という人間の歪さ、不完全さも込みで

それを自分で受容した世界観が正直に表れている音」

という視点で採用したいと思った。

 

今の自分を表現すること

そして自分という人間のするものづくりを探求すること

その中で自分も作品も変容していくこと

北極星のように指針とするものは愛だ。