解放

少し前〜最近の作品。

左上真ん中上左真ん中と真ん中真ん中(つまり左四つの白枠)が

一番最近に描いた作品。

下の方にフルイドアートもあるのでそれは描いたといっていいのか?だが

こう並べてみても左上四つが統一感があるように感じる。

書き方などが一致しだしたからかもしれない。

 

最近は部屋の掃除や料理以外は

音楽制作か絵画制作に勤しんでおり

昔の文豪のような生活をしている。

その合間にシ組のことも見えてきていて

じっくり腰を据えて作っていると

それ以外のものがストップしているようでいて

実は同じように進んでいるのだと感じる。

突き抜けることの重要性、必要性をひしひしと感じだしている。

 

土台づくりとか準備っていうのはすごく地味なんだけど

それができているかできていないかで大きく結果が変わってくる。

周りからは同じように見えていたとしても

根をしっかりはれているものとはれていないものとでは

何かが起きた時に結果がまるで変わっている。

 

チャンスっていうのは人間生きていれば何度か訪れてくるものだと思っていて

必要なのはそのチャンスの流れがきたときに

しっかり自分の中の根っこと覚悟ができているかってことで

ほとんどの人がチャンスに乗っても根っこがはれてないか覚悟不足で折れてしまう。

私自身がそういう経験がほとんどだった。

そういう失敗したなと思う結果が過去あった時に

それを次の経験として活かせなきゃ失敗ってのはただの無駄死にになる。

けれど昔した失敗を活かして次に開花できれば

無駄死にではなくなる。つまり生かすも殺すも自分次第。

失敗は全然悪くない。むしろ失敗から学ばないこと、

学んだ後に行動しないことこそが悪。

突き抜ける。

少し前、めちゃくちゃ良いメロディの曲ができた。

これはきっと私の好きな恋愛の歌にはぴったりだなと思い

歌詞をつけるのをわくわくしていた。

しかし、いざ歌詞を書きだすと恋愛の歌ではなかった。

そしてまだ固さがあったので一日おいて書き直した。

そしたらやっぱりそれも恋愛ではなかった。

そしてその歌詞が今の自分にしっくりぴったりはまるものだった。

私が今死んでもこの歌詞を残せたことでだいぶ成仏できる内容になった。

それが出来たせいかおかげか、怪物のEPのタイトルからしてひっくり返った。

 

「この作品は多分普通に考えると失恋の歌とかにめちゃくちゃぴったりなうけそうなメロディやな」

と思っていたのだけど

私から生み出されたものはもっと思想的で生きていくことについての歌だった。

自分で書いて自分で「これは・・」と若干戸惑いも持った。

しかし、これが私なのだと受け入れることにした。

普通は・・とかもう本当にどうでもいい考えだなと思った。

何かに自分を寄せて、はめようと調整する必要ってもうないなと思った。

いろんなものを見て、受け止め吸収して、

自分の心から生まれたもので勝負しなけりゃ、勝負じゃないなと思った。

勝ち負けではないんだけど、自分に対しての勝負でもあるな、と。

他所と足並みを揃えるとか、本当にどうでもいいな。

自分という人間を突き抜けさせる。それが私が自分にしてやれること。

手加減はなしで、自分を信じて、作品を残していく。

生きている意味に触れた。

絵を描いていて

自分のやり方というか形というか

何かしっくりくるものが見えてきた。

 

これがその最初の作品。

キャッチーかと言われると、そうではないかもしれない。

けれど私の中ですーっと心に入ってくるような

いや、絵にすーっと心が入っていくような感覚がした。

 

道具を使うのをやめにしたんです。

指で描こうと思って。

最初は手袋をはめて、描いて見た。

そうすると筆では表現できなかった動きがだせた。

 

今日描いた作品。

これも指を使って。

綺麗でフラットな作品を見ているのが好きなんだけど

私がそれをやるとなんだか心が落ち着かなくて

うーん見る分には好きなんだけどこれじゃないかも感

が心のどこかにあった。

悪くはないんだけど これだ! って感じじゃないかんじ。

 

数日前にシギの音楽で表現していきたいこと

どんどん鮮明になってきてから

この「海」から始まった絵の別プロジェクト

そのコンセプトも決まった。

シギに寄り添いながら でも

シギよりももっと広くて大きなものが表現される場所になると思う。

 

人間であることの意味

そういう逃れられないものを

シギはもうまっすぐ見つめることにした。

内的葛藤を超えて社会の中で苦しみも愛も見つめる。

この絵のやつは(まだ名前を決めていない)

人間であることの意味を超えた場所に設定したい。

意味を超えたい。

人は現実を生きていかなければならない。

現実を生きていくための薬と

現実から遠く遠くもっと意識を解放できるための薬

ふたつの作用を人に届けたい。

そんなことを思っている。

 

これが私が生きてきた そして生きている 生きていく

意味なのかもしれない。

触れられないけれど 確実に感触があった。

このために命を使っていこう。

僕らの愛を生かす

宇宙の中で深呼吸をしているような心地がした

君の肌を感じているあいだ

僕らが断絶されたそれぞれの個体であるということを

愛おしく抱き寄せあえる時間

悲しみが僕らの周りに存在する事実を知るほどに

愛が浮き立つことを感じる

これは必然でも偶然でもない

確かに僕らが作り上げてきたものだから

息も出来ない嵐の中でも

深く呼吸をするんだ

安らぎはいつもこの胸の中に存在する

君が手を伸ばせば

僕がその手を受け取るように

愛とは育み そして守ること

そしてそこで生まれた温かい気持ちで

僕ら以外のものに祈ること

より広い場所へ流れ込ませていくこと

味わう。

少し前から育てていたバジルをお借りしてカプレーゼを作った。

綺麗な色合いだなぁ。

バジルちゃんもすごく良い味だしていた。

我が家には食べられる緑が揃ってるな。

昨日からはにんじんの緑も追加。

あとはシソ・ベビーリーフがもうベビーでなくなったものなどがいる。

 

昨日は記念すべき日だったので幕張でブッフェを堪能。

私ブッフェめちゃくちゃ好きなんだよなぁ。

好きなものを自分の量食べられるって最高。

最近ひとつひとつのものや時間に関しての味わい方が

今までに比べてすごくじっくり味わえてる気がしている。

時間を味わう、というのが前よりうまくなってきたかも。

 

アウトレットも寄って7kmくらい歩いて今日はたっぷりと遊びを満喫した。