青を呼んでいる。

撮っていた写真をスクロールしていたら

青が沢山ある箇所を見つけて

心が洗われる気持ちがした。

来週は晴れ間が出てくれるかな。

海の素材をとりにいきたい。

青に心を溶かす。

でも今日みたいな雨の日も

嫌いなわけじゃなくて

歩いている途中で

雨粒を乗せて重そうに首を垂れる

花の姿を見れたりする。

雨粒もよく見るとビー玉のようで綺麗だな。

周りの景色を写している。

脳みそフル回転したらさ

自然の中に自分を溶かす。

自分は世界の一部だと感じる時間。

気負わない時間もあるから

気負うのも楽しめるもんだ。

有を味わい尽くすから

無に浸れることができる。

どんな状況も楽しんでやるつもりで

自分から乗っかってやるのさ。

地道が近道

中旬も過ぎてこれくらいの時期になると

手紙の作業が始まる。

制作は上旬・中旬に行なっているのだけど

中旬以降は発送作業にうつる。

宛名も、焼きも、封入も、スタンプ押しも、全てひとつひとつやっている。

 

お願いしているのは印刷と、

しょへにはデザイン&入稿とミックス作業。

印刷会社と、しょへと、私の、すごく少数で手紙は作られている。

 

私は作曲と録音と詩の制作と発送作業をやっているので

割合的には多いのだけど

でもこれが毎月の役割として

しかも「今月はこれが良くなかったから来月はこうしよう」という

課題とそれの対処したものを毎月繰り返して

少しずつ「あぁこれなら良さそうだな」っていうものが見えてきたり

まだまだ課題だなと思うところもあったり

そういう事を1ヶ月という短いタームの間で繰り返すから

とっても学ぶことが多い。

 

シギの他の楽曲や絵画の事をしていて感じたことが

手紙に影響されたりその逆もしかりで

やはりこうしてダイレクトに毎日まわしていくっていうことが

地道だけどそれが一番確実な道なんだよなって感じる。

 

こうして自分の頭と実際の作業で感じる事を続けながら

少しずつ自分が納得するものに近づけていく。

「あぁそうそうこれこれこれ」みたいな。

自分が欲しいものが本当はあって

それを見つけにいくかんじといったらいいかもしれない。

 

私にとって手紙という場所はすごく貴重な経験の場所になっているし

こうした私の毎月の行いというものを受け取ってくれる人たちがいることに

すごく幸せを感じている。

そうそう、数ヶ月前から離脱する人が1人もいない状況になっていて

なんだか異様な心地がしている。笑

みんなが静観してこの場所を作っているような感覚。

販売再開していないけど、手紙参加したい人いたりするかな。

 

いつかこの曲達を集めたライブをして

同じ手紙という体験をしている人たちがそこに集まって

その曲たちだけを歌ったライブをしたい。

全ての秋

本日も洗濯物を干そうとしたら猫ちゃんがおやすみしてた。

ので起こさないようにそーっと干した。

これは前回屋根にいた猫ちゃんと同じだな。平和でなにより。

 

今日はいきなり運動をしたくなった。

ひとりでは部屋の中で地味に運動をしているのだけれど

今日のはそういうことじゃなくて

人と一緒に勝ち負けの運動したくなった。スポーツ?

でもフットサルとか野球とかはできないから

何ができるだろうか。バトミントン?

人と運動したいなんて思ったことほぼないぞ。

今なら誰よりも運動会を楽しめる気がする。

玉入れしたい!

私の身近な人だと

本当に運動しなさそうな人か

むしろ運動を職業にしている人かの二極だ。

なんてアンバラナンスなんだ。

運動の秋・食欲の秋・芸術の秋。

今年は三つともやっちゃいたいな。

自分を信じるに値する行為をしていくこと。

「私ってこういう人間だから」と自分にいうと

「だからそれはやれない」という制限につながりやすい気がしていて

それよりも「今の私はどう感じてるか」「今の私はどんな風か」という風に

「今」に焦点をあてて考えると

なかなか今の自分仕様な感覚を自分でつかみやすくなるなと思った話。

 

今日はお墓まいりにいってきた。車も洗ったし色々ぴかぴか。

片道50km近い道のりを、行きは洋楽、帰りは邦楽を流しながら。

昔好きでよく聴いていた音楽をかけていて

「自分の役割を演じられないやつはくずだ」という一節があり

それがすごくおかしかった。私好きそうだなーって。

車と音楽の相性は最高だなぁ本当。

 

その音楽を聴いてた頃はまだ膜の中でうだうだしていて

今の私があの頃の自分に声をかけるなら

なんて言葉を言うかななんてことを考えた。

 

「君は自分の人生に集中するのにびびってめんどくさがって

恋だなんだの刺激で暇つぶしして自分をごまかして

問題を見ないようにしてるよなあ。いい加減自分のことに集中しろよ」

と言うだろう。

そしたら昔の私は

「それはそうだけどそれはそうだけど、でも良い曲かけるんだよ?てへぺろ」

とか言いそう。

それに対して私は

「知らん。空想を生きるな、現実を生きろ。」

そう言うと

「だってどうしたらいいかわからないんだもん」

と言いそう。

「自分のしょぼさとだらしなさくだらなさを見つめなさい。

そうすると周りがしてくれてた事がよくわかる。

一回くそほど落ち込んでそのあとで冷静になってきたら

ただ今のしょぼい自分なりにできることが見えてくる。

その頃には自分を受け入れる余裕もできてきているから

あとはできることを楽しんでやってらっしゃい。

思いっきり好きにやっちゃいなさい。」

 

でも人生に無駄はないから、とフォローする人もいそうだけれど

私は私に対してはそうは思わない。

自分をごまかしてる時間なんて多いだけ無駄に決まっている。

きつく言えるのは

自分の可能性はそんなみみっちくびびってる所でとどまるものじゃない

と今の私が昔の私に対して言えるからで

だからフォローや優しい言葉は私が私にかける必要はない。

 

慰めなんてあの当時の私には毒にも薬にもならない。

それよりもお前はお前をいい加減信じろ!ばかになれ!

ださくてもしょぼくてもゼロからでもいいじゃねえか!

自分のできることをやるしかないんだから精一杯やれ!

正面から見つめて生きろ!それは思ってるより地味だがな!

でもそれがなりたかったお前の生き方だろ!!!

だったら言い訳しないでそれをやれよ!楽しいぞ!と言いたい。

 

もしかしたら五年後の私は今の私にもっときつい事を言ってくるかも。

「五年前の君へ。あの頃はわかったつもりになってましたね」

今の私「ひええ」

でも、こうやって他人が見て厳しく感じられることって

私にはそのほうが楽しいからやってるっていうだけの話。

ある種のプレイみたいな。

自分に辛口の方が楽しいからやっているという話。

 

はたからみたらしんどそうに見えることも

本人からしたらしんどく生きない方が自分の力を持て余しててしんどい

というパターンもある。私はそっちの人間。

なので上記の私の厳しい愛のムチっていうのはムチに見せかけて

「お前他人でごまかすより自分を生きたほうがよっぽど

楽しいから早くこっちこい!」って言っているのだ。

 

でもあの頃はそんな事できなかったけど。

変に真面目に生きようとするっていうのが一番つまらないしきつい。

だってそこに自分がいないから。

自分不在で自分を生きる人生ってきつい。

他人や顔色でごまかすってそういうこと。

変に真面目に生きるくらいなら本当に真面目に生きたほうがいい。

本当に真面目になれないんだったら

今の自分のまんまで毎日勝負したほうがよっぽど楽しい。

それが一番自分が自分にしてやれること。

 

でも昔は変な真面目さばっか背負っててできなかったけど、

その数年後の私はやれてるから昔の私よ安心せい、とも言いたい。

自信っていうのは、人からの評価なんかじゃつかない。

自分が信じたことをやったうえでの評価ならつくかもしれない。

でもそうじゃないなら、自分が自分で考えた経験を重ねていくことと

その決断をした自分を信じてあげるということが自信になると今は思っている。

自信てのは自分を信じることだから。

自分を信じるに値できる行為を自分が自分に見せていくしかない。

自分の生き方を見ているのは、他人なようでいて実は自分だ。

自分を信じられなくなるような生き方を自分が選択してはいけない。

 

でもそれは「自分は間違えなんておかさない!」って事を信じるんじゃなくて

「やべ!めちゃくちゃ壮大に間違った!」っていう事も

認められる自分の方が信じられる。

俺はこんなもんだ。でもこんなもんの俺でも悪くない。

それなりにやれてる。そう自分で自分に言える生き方をしていきたい。

 

もはや間違いかどうかなんて本当にどっちでもいい。

そんなことは本当にたいした事じゃない。

自分で考えて決めたことをやったかやってないか、それだけ。

実験と変化の積み重ね。

昨日は実験的なものと新作を4つ描いた。

ソリッド系。マットとグラデーションをいれたもの。

レジンを使ったものを実験的に。

すごい綺麗だ。。そろそろ本番にいこうかな。

 

ものを描く時も作曲する時も私は一気に出す。

出さない時はインプットしたり考え事したりイメージしたり

心の中にそういうのを溜め込んだあとで作品に出すのが私には合ってる。

 

昨日は興味深い人を発見した。

面白いなとぐっと惹かれる人には色々調べ物していても

年に1回あるかくらいなので嬉しい。

何かやってる時以外はずっとその人のことを調べていた。

音楽とは違う職業をしている人なのだけど

趣味で弾き語りをしたいことと海が好きなことを知って

弾き語りと海が好きって俺やないか と思いちょっと嬉しくも思った。

 

何かを始める時の目的地の設定の仕方や目線の位置。

自分が必要としているものだけを見極めて行う

合理的でストイックな姿勢。

私に近いところ、私がしたいけれど甘い部分

私にはなかった視点

そういうものが詰まっていて学ぶことが多そうだ。

こうして「いいな、すごいな、素晴らしいな」と思う人の

その部分を吸収して自分の一部にする。

生き方や作品の微細な部分に変化がでる。それを楽しむ。

自分が納得できるもので固めていく。

先がわからないということが楽しい。