七月の手紙の楽曲について。

思っている以上に早く七月の楽曲と詩が完成しました。はやっ。

ここから詩のデザインと、

楽曲録音&ミックスマスタリングが入るので

すぐにはお届けできないのですが

カード払いの方には前回よりも早めのお届けになるかもしれません。

 

楽曲の内容ですが、六月の雰囲気とは真逆で

私がいかにこの夏の到来を軽やかな気持ちで待ちわびていたかというのが

聴いてる方にまで伝わる内容になってると思います。笑

六月は静かな安らかな気持ちできいてもらえる意識でしたが

七月は、さぁ始まるぞというような

前向きな気持ちになるような楽曲をお届けできそうです。

 

六月の後半からもう予感として自分の中にはあったんですよね。

あぁ、多分七月はこんな感じが出てきそうだなっていうものが。

それは七月を感じるまでもなく予感できそうなものだったので

書いてみようと思ったら驚くほどの速さで出来上がりました。

 

過去の懐かしさに少し振り返ったりしながらも

さぁ、気持ちを新たに目の前を進んでいこう。

そんな心持ちがしています。

雨の七月

ふとした拍子に

あのこの苦しみを知ってしまった

今夜はあのこの苦しみが

少しでも薄らぐようにと祈りながら眠ろう

雨が地面に打ち付ける音を聞きながら

苦しみの後に幸せが

地中の闇の中から芽吹く緑のように

光を浴びるのだと

あのこの心に存在する強さに祈ろう

君の気付かないところで

君の幸せを願っている人が

ここにいるからね

人生は!挑戦だ!

シ組の方には話していたのですが

海についての制作を始めたいとの野望を抱いていました。楽曲以外で。

海が大好きなの。心から。海、川、滝、小川、湖。水辺が好き。

その好きを表現したいと思って。

 

6月は手紙の試みを始め、てんやわんやしてましたが。。

ついに!届いたー!

これはいくつかの手法を使ったりして何種類かの絵を描くので色々揃ってます。

(これからもっと揃えていきます)

 

処女作にビビりっぱなしなので緊張しないようにまずダンボールに書いてみました。

青を重ねていきます。

気がつくと机がこんなに・・・

水差しの布巾、お客様からもらったものを使ってます♪(ありがとうう!)

 

そして!できました私の処女作!!!!!

星空を作りました(海じゃないんか〜い!)

 

額縁がないからそのまま裸で貼ってみた。

窓際に飾ったり。

絵を飾るとすごく華やかになるんだなぁと実感。

 

そして集中してやってたので・・・

気づくと手どころか服にも頭や顔にもインクが!!!!!!ごあー!!

水差しの青も綺麗。

 

時間がたってみると色合いや模様が少し変わってきた。

海と夜の空にも見える。雲の上の星空にも見える。

 

大好きな青に囲まれて、塗り塗りして。

集中しながらも心が洗われてる感覚もした。

 

これ書きながらインクを思った以上に使うと判明したり

筆がもっと大きいものの方がいいんだなと感じたり

色々課題も出てくるものですね。

「やってみないとわからないからまずやってみる」ってのは

こんな所からも感じられましたわ。

 

 

好きな青を重ねていって、いずれは欲しい方に渡せたらいいなぁと想像してる。

曲は目に見えないけど、絵画の作品は目に見えるからすごくすごく新鮮な気持ち。

完全1点物になるから渡す時は寂しくなりそうだけど

誰かの部屋に私の描いたものが飾られてるのを想像しただけでわくわく。

違和感の人に感謝。

憧れている人が二人いる。

一人は憧れというより尊敬が近いかもしれない、大学時代の恩師。

もう一人は会ったことのない、見ているだけの人。

 

私はその後者の人からいろんなものを教わってきた。

いつも後ろ姿を見つめるような気持ちで。

その人は誰に対してもポジティブで人の批判を一切しない。

私のような毒っ気を面白がる人間からみると、初めの頃は物足りなく感じていた。

でもだんだん自分の中で対話を重ねるようになってわかるようになった。

自分に集中し、自分に与えられたことを成し遂げようとする日々には

他人に対しての粗を探す時間などないのだということ。

自分に真摯に打ち込めば打ち込むほどに

人に対する眼差しは穏やかな愛のような色合いになっていくこと。

 

ただ相手のありのままを受容する。

それは自分が自分のありのままを受容していないと難しい。

 

そしてその人はもう一段階、上に昇った。

自分の価値観も越えるという段階に。

私はそれを知った時に、思わず感嘆とした。

どんどん先へ進むんだな、まだまだ後ろ姿を見つめるのだなと嬉しく感じた。

 

自分の価値観や経験や美学を形にしようとする段階を越える。

ルールというものは与えられるものだ。

与えてくれる人や教科書がある。

しかしいつか、与えられたルールを壊す時がくる。それは自分にしかできない。

 

ルールという型を知り

その中で経験や美学を構築し

その型を壊して自分の価値観が築かれる

その自分の価値観をさらに壊して

自分が宇宙のような感覚になるということは(私の語彙力が胡散臭い宗教のようですまん)

私にはまだ到達していない段階だ。

「この人は本当にすごい人だ。」

憧れの人を憧れとした自分の感覚が誇らしく思えた瞬間だった。

 

ひとりの時間が長いからこそ

身近な人、久しぶりに連絡を取り合った人、遠く見つめる人。

いろんな人をなんの脚色もせずに見つめ直すことができた。

 

そのなかでも

「この人のことを好きな自分を誇れる」という気持ちと

「この人といる時の自分が好き」という気持ちは

どれほどか尊いものだという事を感じた。

私はそのことを感じる時、

心が穏やかさという海にどんどん沈められていく感覚がする。

幸福というのをこんなに素直に受け入れたことがあっただろうか。

 

自分の中にある穏やかさ、人を受容する気持ち

そういう自分を出せる人もいれば

なんだかこの人といると張り合う気持ちが出るな

なんだか違和感に思うなと感じる人もいた。

 

怒ってる人といるとだんだん気持ちが刺々しくなるように

受容する人といると受容する気持ちが出てくるし

張り合う人といると張り合い返す気持ちが出てくるのは自然だ。

人は人に影響されやすい。

 

大きく変わったのは、

今までだったら後者の「違和感に思う人」を良く思わなかったけれど

今は「私がどんな人といたいかを明確にさせてもらえたな」と

思う気持ちがでた。

どんな人間がどんなことを思っていても、私の手中にある事ではないから

違和感に何かを物申すよりも

「違和感の人よ、教えてくれてありがとう」と心のなかで優しく呟いて

そしてさっと手を離す。

 

心は自分の意識よりももっと大きく変化しているのかもしれない。

改めて自分の中の正道が見えたような感覚がした。

心ここにあらず

下心を感じる言葉は独特な匂いがする

同性異性に限らず

自分の方へコントロールさせよう

自分と同化させよう

そういう匂いを感じると

少し息が詰まる感覚として教えてくれる

自分の意見が素直に届かない時

相手の欲求にすり替えられそうな時

そういう場所に立ち会った時は

言葉にはせずに

さっと身を引く

布団の中の宇宙に包まれて 今は

安堵の息をつく

愛のある場所は

反抗や抵抗が生まれない

柔らかな受容が生まれる

反抗や抵抗の生まれる場所に立ち会う事で

自分の選択した場所が穏やかな愛にある事を

教えてくれたのだろうか

どの事実も受け止めて また歩こう