心の風通しを良くしていく

自分の固定概念に縛られすぎてるとそれを他人にも当てはめようとしがち

そうなるとお互いに身動きがとりづらくなって息苦しい

自分の心をどれくらい風通しよくしていくか

風通しよくしていくためには どこにいるかが結構重要で

例えば汚染されまくった空気の中で風通しよくすると

あっという間に病気になってしまう

自然の中で風通し良くすると気持ちが良くなる

これは実際の環境で例えたけど

人間関係も同じように当てはまると思う

どれくらい自分の中にある重りを外していくか

ウェルカムしたい人に気持ちよく挨拶できるために

なんの選択をするか 考えてわくわくしている

自分を作る。

最近肉体作りをしている。

運動しなきゃとはずっと思っていたけど

「運動しなきゃって義務感じゃ絶対続かなーい!」と感じていたので

良い具合に自分を乗せられている。

 

食事内容を変えて、食べる量を少し増やして、運動をしている。

久しぶりに汗だくの毎日を送っている。

「頭で考えるエネルギーと動くエネルギーと、調整を変えていきたい!」

そう思ってた私にとって肉体作りに動くのはごく自然な流れだった。

明日はどんな食材で何を作ろうか、それはどれくらいのカロリーなのだろう。

食べるもの、運動の内容、どういう肉体にしていきたいか。

客観的にそれらのことを見ると、肉体作りもクリエイトの一部なのだな!と感じる。

毎日の一日一日を意識的に自分で選んで作ってる感じがして楽しい。

 

食事の内容はこんな感じ。

野菜を多めにとっている。リゾットはオートミール。

タンパク質はささみや納豆や枝豆や卵から。

魚は高いうえに少ないんだよう。鮎の塩焼きたべたーい。

プロテインはとっていない。

私は格闘家の浜崎選手が大好きなので、

プロの肉体にはなれないまでも辛い時の励ましとして胸においている。

好きな人、憧れる人たちの姿を見ていると自分も頑張ろうと燃える。

らぶー!

陰と陽

陰と陽のバランス

私は火のようにエネルギッシュな気持ちで

鉄のように固くそしてパワフルな心が溢れがち

そんな自分を持て余しがちな時期があった

歌といえば大声だしてないとやった気にならない

持て余したエネルギーが怒りや批判になる事も

怒りは創作のパワーにもなる

人間というより動物として自然な感情

陽のエネルギー

これが活発に回りすぎると争いを生みかねない

叩き潰せ 懲らしめてやれ 許せない

有り余るエネルギーが怒りになり

怒りが争いになる

陰は悪く思われがちだ 陰気なやつとか

でも陰てなんだか優しい気持ちになる

休まる 静まる 穏やかに

生きる太陽のようなエネルギーというよりも

理性的な呼吸を感じる

動物としてより 知的な人間として

最近は陰の良さを感じられるようになってきた

少し成長したのか

それでも燃えるような夏の日差しが好きだ

陽と陰 必要なのはどっち

どっちがどれくらい必要かな?

そんなこと自分に尋ねてみる

人により特性は変わる

同じ人でも時期によって変わる

眠くなってきた

心は誰にも見えない。

今笑っている人がずっと笑顔だった訳ではない。

今笑っている人が心でも笑っているとは限らない。

目に見えない部分を想像することは易しいことではない。

自分に課してきた重荷を下ろしていくこと。

今はそれができなくても、なるべくノイズをなくしていくこと。

辛いときに見るポジティブなものたちはまぶし過ぎる。

そういうときは、薄暗い部屋で心のシャッターを閉める。

立派な人が立派だと周りから賞賛されていても

幸せな人の幸せを喜べなくても

他人は他人 自分は自分。

人の言葉や考え方や暮らしが簡単に見えてしまうこの時代だからこそ

自分の心のケアをより一層大切にする。自分の心に気を配る。

自分が悪いとか 心が狭いとか 弱いとか

そんなことを思う必要はなくて

みんなが慰めたりポジティブなことを話してくれても

それが逆に苦しい時もある。

自分の心が今、何を必要としていて

何は刺激が強すぎるのか、今は無理なのか。

自分が弱ってる時、自分が主治医になれると心強い。

自分をずっと見てきて、自分とずっと生きているのは他でもない自分。

他人は自分の全てを把握することはできないから

わかってくれない、思う通りにならない他人を責めるよりも

自分を大切にすることに集中させる。

それはわがままや甘えじゃない。

自分の人生の舵取りをする、大切なこと。

自分のために生きている。

この星の名の下に生まれた、という言葉があるけれど

人間には大まかに二種類あるみたいで

「人のために生きることで自分が輝く星」と

「自分のために生きることで人に良い影響を与える星」

というものがあるという話を聞いた。

 

私は後者のように思う。

あなたは今のところどちらだろうか。

私は正直に言うと自分以外の人間にほとんど興味がない。

ナルシストに思えるかもしれないけれど

一番攻略したいのは自分の人生であり

そのために自分をどんどん知りたいと思う。

これをしたらどう自分が喜び

これをすると自分がどう疲れるのかと知ることが面白い。

だから占いも大好き。

自分というマップを作っていくことが楽しい。

私は自分という人生をどこかで物体のように見ている。

どう作るとどうなるのか。どう引けばどう変わるのか。

そんな事を毎日思っている。

 

例外として、好きな人や憧れる人だけは別。(うふふ)

自分が興味をわいた人に関しては色々知りたくなる。

好きな人の好きな人になりたいというよりも

好きな人になりたい気持ちが強いので

結構影響される。まねっこどんどん。

良くない意味で想像と違う部分がその人に判明しても

なんとも思わない。

そこは他人なので私のコントロールすることではない。

私が変えたいのは私だけなのだ。

 

最近、自分にとって良しとする生き方に集中していたら

気づいたら好きなものや憧れてる人ばかりを見ている事に気づいた。

その姿を見ながら

自分をもっと面白い風に変えていきたいなと

思って行動したり。

 

このままいったら私はどうなるのだろう。

わからない。想像がつかない。

気がつくと去年まで当たり前に思っていた

「ちゃんとしなきゃ」という自分から距離ができて

「何が好きか」「何に惹かれるか」「何がしたいか」の基準で

生活を送っている。

そうすると楽しめることの幅が増えていって

今までだったら

間違えたくないからちゃんとコントロールしたい!と思っていたことも

もっと楽しんでやろう、と思えるように変わっていった。

 

ここに書いてないやりたいこと挑戦したいこと

あと二つあるんだ。

もっと増えていっちゃうのだろうか。

全部が自分の中に自然に循環していくように思えるのは

無理をしてない事だからなのか。

自分の知らない、わからないを楽しみたい。

 

そうしたらその次にやってくるのは

人と一緒に作っていく知らない、わからないの楽しみだろう。

自分が良いなぁ面白いなぁと思える人と付き合っていく。

そういう人の影響でできるもの。

そういう人と作り上げていくもの。

今はまだ全くわからないもの

いろんな楽しみが待っていそう。