来年のライブ

来年は早々にライブ二本決まっています。

今年に比べてライブが増えそうな、予感がしている。

チケットはticket@shigi.netまで

お名前・日付・枚数を記入して送信してください。

 

2020年1月5日(日)【シギ・昌平・大樹のトリオ編成】

タイトル:R>I>P>G>02

企画:Numakami-ke企画

場所:初台WALL

時間:開場14:00 開演15:00

料金;前売り¥2,000+1ドリンク

出演:

ENSLAVE

SECONDARMS

DEATHCOUNT

シギ

SoulDischarge

GRIND SHAFT

NO VALUE

QUESTRAKT

UtopiaExperiment

CKMN

北畑欽也(bacho)

 

 

2020年2月16日(日)【弾き語り】

タイトル:TETONAMLA acoustic mini TOUR

企画:羽根web..net 企画 !!

場所:西早稲田 BLAH BLAH BLAH

時間:開場17時半 開演18時

料金:前売り¥2,500+1ドリンク(¥600)

出演:

羽根web..net

シギ

O.A クロモ

静けさの中で見つめる

自分の中の弱さを見つめて

歪みを見つめていた

そこから優しく流れる痛みを感じていた

弱さは弱さのまま ここにいていいよ

出かけたくなったら 出かけておいで

弱さを弱さと認めること 抱きしめることが

強さであると感じるから

一緒に生きていこうね

そして私の甘えをそばで感じながら

何も言わずに寄り添ってくれる存在に感謝

暗闇の中に光る

クリスマスは千葉にいたのでポートタワーを一瞬見に行った。

建物のツリーのイルミネーションて初めて見たかもしれない。

家族や恋人たちでいつもの倍以上賑やかだった。

みんな楽しそうだったな。

十二月は街中がどこか地に足がついていないというか

どこかわくわくした雰囲気があって好きだな。

冬は苦手だけど、今年はそんなに寒くないし好感を抱いている。

私は仕事は納めないですよ。ふふ

「毒にも薬にもならないような生き方をするな」

今日は私を作った言葉を書きたい。

年の瀬が近づき、色々な人の言葉に私は生かされてきたと感じる。

そしてそれを胸に、今日も変わらず地味な作業をする。

あなたには、あなたを作った言葉があるだろうか。聞かせてほしい。

 

「生命尊重ばかりで魂は死んでもいいのか」

中学生の時。三島由紀夫の小説を見た事もなく、どういう人かもわからなかった。

ひょんなことからネットで三島さんの演説の言葉を見たことがあった。

日本の歴史もよくわからなかったので何を言ってるかほとんどわからなかった。

けれど「生命尊重ばかりで魂は死んでもいいのか」

この一文を目にした時に、なぜか涙がポロポロと出てきたのを覚えている。

不思議な現象だった。胸が熱くなり「これだ」と思った。

心を大事にしたり自分を生きたいと思う部分はこの言葉に打たれたのが

全ての始まりといっても過言ではない。

 

「シギはうまいとかへたとかの音楽じゃないだろう」

SONYの育成にいた時代があった。高校生の時。

そこで担当してくれた方が言った言葉。

私にとってはパパのような存在だった。

当時の私は、自分がちゃんと歌えるか、キーを外さないかなどに

神経質に厳しくなっていて気にしながら歌うことが多かった。

そんな私のあり方を見抜いて言われた言葉。

「シギの音楽はうまいへたじゃない、ちゃんとしてるかじゃない。

それよりももっと大事なものがある歌だろ」そう言ってくれた。

 

「毒にも薬にもならないような生き方をするな」

このブログでも何回もこの言葉を書いた。大学の恩師の言葉。

恩師は敵の多い環境の中で、自分を貫いているような方だった。

ちょうどメジャーにいて迷走していた私にとって突き刺さりまくった。

私の言葉は毒なのか、難しいのか、もっと優しく甘く誰でも聴けるような

ものにしないといけないのか、どう悩んでいた。

この言葉が全ての答えとして導かれた気がした。今でも私の支え。

私自身、先生のように敵を作っても自分を貫く生き方をしてる人が好きなのだから

自分もそうあって良い、そうありたい。そう思った。

けれど私は自分が猪突猛進になる時と臆病者になる時があって

そこの板挟みで悩まされることも多いのだけど。

そんな時に先生の言葉を思い出す。

自分の我や色の強さをコンプレックスにせず強みとして生きていこうと思えた。

 

「自助協力」

これも大学時代の、大学の校訓だ。

そしてこの言葉はシ組の礎になっている。

大学の校訓に影響を受けたなんていう生徒、そんなにいないだろう。

大学に入学して一冊の本が配られた。

自助協力というタイトルの本は、大学の創設者の言葉や

大学のあり方が書かれていた。

「自立したもの同士が助け合う」という意味だ。

自立して自分ひとりで自分だけ生きていくのではなく

自分を生きる者同士が手をとりあい社会を作る。

そういう考え方が、今までの自分にはなかったので新鮮な驚きだった。

自立=誰の助けも必要とせずひとりで生きていけること

だと思ってる節があったが、今私はそう思わなくなった。

むしろ健全な依存先がある方が生きやすく

安心して自分を発揮できることにつながると考えるようになった。

これは改めてブログで書く。

 

以上4つが私を作った大切な言葉たち。

どれも少し毛色が似ているような気もする。

結局のところ私はどんなに悩んでもわからなくなっても

外面じゃない、中身で生きろ。心で生きろ。強く生きろ。

という所から逃れられない運命なのだ。

というよりも、それがやはり好きらしい。

それならば観念して、私は私を生きるより他ない。

自分の誇りとする人の言葉を胸に

その人たちに恥じない自分であろうと誓い生きるより他ない。

社会というとたいそれて聞こえるが

それが人の支えや助けや勇気に繋がるように。

自分のやるべきことをやる。それだけだ。

冬の思い出

SNSでいろんなケーキの画像が並ぶ。

日本で一番ケーキ食べられてる日なのかな。

それぞれの食卓や会話や笑顔があるんだな

と思うと平和な気持ちになった。

私も平和にケーキを食べた。

クリスマスの思い出は

小学生くらいの頃に

高熱を出した時があって

うなされながら自分の部屋でうーんうーんと

苦しんでいたら

父がアゴにティッシュをつけて

サンタさんでーす

と現れて

あ、ちゃんと演出してる!

と思ったのを今でもなぜか覚えている。

後は子供の頃にもらった枕元に置く

スタンドの灯り。

あれを両親がイオンで買い出してて

私と姉は車の中で

「今買ってきてるのかな〜!」と

言ってたのも覚えてる。

そういう何十年の中で

断片的に覚えてる記憶って

何が覚えさせてるんだろう。

やはり喜怒哀楽を感じた時なのかな。

クリスマスは良き思い出がたくさん。