くらえレネゲードロウ!

昨日は腕肩・胸背中らへんを筋トレして、

前回「出来ないよこんなの〜!」と

思ってたレネゲードロウがなんと今回できた!!!!!!!

喜びの舞。

 

今日は昨日のブログでも書いてた歌どりの本番をした。

オンタイムで歯切れ良く歌うのを意識していると

筋肉と歌って思った以上に密接な関係性にあるなと思った。

どちらが優劣とかの話ではなく

脂肪量が多い人の歌と

筋肉量が多い人の歌では違いが出そうな気がする。

 

肉体の構造的にも変わりそうだけど意識でも変わりそう。

私は運動していた方が良い成長期にぐうたらしてたので

筋肉量が元々少ないと思う。

それが今になって体を鍛えて昔より筋肉がつきだすと

肉体があって歌っているという意識が出てくる。

今まではなんとなくの無意識で歌っていたけど

今は自分の体が自分のものという意識の元に

そこから歌が繋がって出ている、みたいな感覚。

 

歌録りが終わって軽いミックス。

自分が録って調整したものが良いかどうかは

大体一回別の動作(料理とか洗濯とか)をして

完全に別の作業をしたあとで

改めて録音したものを聴くということをしている。

できたら買い出しがてら外でその音楽を聴いたり。

 

パソコンのヘッドホンからきいて

パソコンのスピーカーからきいて

スマホのヘッドホンからきいて

スマホのスピーカーからきいて

なるべく人が日常で聴く時の状態で聴くようにする。

 

そんな一日。

保護中: 君は絶望のなかで戦士になるvol.02

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繰り返すことで体に入る

手紙2025の2回目の歌入れを何回も繰り返ししている。

私の歌唱の癖として後ろにいきやすいところがある。(もたるということ)

演歌がわかりやすい。

今後歌っていきたいやつはその癖が出ると

気持ち悪いくらいもたった印象が出てしまうので

BPMというリズムを刻む音を出しながら

オンタイムで歌えるように何回も繰り返し歌っている。

自分の強みは出すべきとこで出してこそで

歌という慣れたものの中にも苦手や新しく挑戦できることがあると

やっていて出来ないことにワクワクしてくる。

 

そういえば心理学の勉強も復習ばかりになって

筋トレも回数をこなしているので

最近繰り返すことが多い。

大谷選手だって井上選手だってトレーニングは基本の繰り返しだろうから

これはなかなか地味なものの中にある誇らしさなのかもしれないなと思ったりした。

 

太もももだいぶ元に戻ったので内容は抑えずに再開する!

曇っても太陽はそこにある

心が形作るその頃

刃物のように冷たくて尖っていて

それでいて誰よりも温かい

あの音にくるまれて眠っていた

.

私の居場所はその音の中にあった

自分の承認のためにある偽物の優しい音ではない

心の底からのほんとうの音以外はいらない

.

あの時の気持ちを

未だにずっと持ち続けている

未だにずっと愛し続けている

その音にくるまれ眠っていた記憶

私の血の中に存在する

その血がついた筆で描く私の言葉

私はその言葉を

生きることを使い果たすために歌う

.

あの臆病者め

お前もそのために生きてきたはずだろう

繊細だから仕方がないと

私は慰めたりなんかしない

何を迷う事なんてあるものか

くだらないトンネルに入りやがって

出口の光が見えない、じゃない

お前自身がお前の光だろ

せいぜい飽きるまで膝を抱えているのが良い

お前が歌わなくたって私は歌う

夜を越え

届かない想い?それでも何も構わない

触れることもなく

見つめ合うこともない

.

届かない想い?それでも何も構わない

君の声ならいつでも聴こえる

君が幸せならその幸せの種類について

何も問わない

.

ルール違反?それでも構わない

この心は風のように吹き荒び

留まることを知らない

誰にも捕まえさせない

.

君が生きているから僕は輝ける

僕は駆け抜ける

君の瞳に向かって