前乗り

六月三十日。天気不明

翌日が川口でのライブだったため

この日は川口に前乗り。

前乗りというか実家で一泊。

朝に私以外のことで病院に行って

その後に川口まで車で向かったのだけど

渋滞にあって到着に三時間近くかかった。

もう旅だよ!MOUTABIDAYO!!!!

川口についてから母とランチして

洗車しに行ったり帰宅してから弦を張り替えて

歌の練習をして

夜に父も交えて三人で外食に行ったり

なかなか忙しい一日だった。

時代は変わる。

去年、りぼんの「さよならミニスカート」を読んだ時に

日本の時代は動いていっているんだなということを

とても感じていたけれど

今年に入ってどんどんそのことを肌で感じる。

 

このりぼんの漫画を小学生や中学生が読んでいると思うと

彼女たちが大人になった時の日本が楽しみだ。

スカートを履かずに

男性の制服を着る主人公の女性の物語なのだけれど

昔から普通だとされ、やり過ごされてきた問題を直視している。

「男に見せるためにスカートを履いているんだろ」と軽い気持ちで口にする男子に

「あんたらみたいな男のために履いてんじゃねぇよ」という主人公。

 

最近でこそ、女性の性的な問題にスポットが当てられ

声を出す女性が増えてきたけれど

女性を性的な視線でみるのが当たり前のことだとされる風潮

年齢で差別するような風潮

女らしさを押し付けるような風潮は日本に昔から根強くある。

電車や夜道の痴漢行為も

「されないように(女性側が)気をつける」というものが多かった。

異性からの性的な視線にさらされている事を敏感に感じる女性は

少なくないと思う。

「それが普通のことだから」とされてきたとしても

その事で傷ついている人がいるのなら

その声は無視されるべきではない。

 

先日、女性が受けてきた抑圧を男性側に置き換える動画を見た。

強盗の被害にあった男性に対して

女性の警察官がこう言う。

「あなたが時計をしていたのも悪いんじゃないんですか?

それは自分が金持ちだと見せびらかせていると相手に

思われても仕方がないのでは?

気の毒とは思いますが、あなたにも非はあったかと」

これはレイプされる女性にも非があった、

落ち度があったとされる女性の立場を

強盗の被害にあった男性に言い換えたものだ。

 

きっと「ありのままの」という歌詞の入った

アナと雪の女王が流行ったのも

女性が今まで置かれていた立場、

抑圧されてきた想いが反映されているのかもしれない。

 

これは男性にもいえることで

男というだけでプレッシャーを感じることがあるという。

女性であることによって感じる苦しみと同じように

男性も世間からのカテゴライズや押し付けに苦しむ人は

少なくないと思う。

 

男らしくあれ、男なら〜という言葉に感じる圧力。

世間からの「こうあるべき」というカテゴライズに

お互いが首を絞め合って苦しんでいる。

それをもう、やめにしたいという声をあげる人が

性別や年齢を問わず増えている。

 

男らしくあれ。男はみんな女が好き。

女らしくあれ。女だって男を意識しているだろう。

そういう考え方は前時代的になっていくだろう。

男性が化粧品コーナーにいる、日傘をさす。

とても素晴らしいことだと思う。

性別の鎖を断ち切って、

自分がやってみたいことをやれる社会になってほしい。

 

冒頭のさよならミニスカートのセリフに共感する。

女性がおしゃれをするのは、

好きな人に見てもらいたいからだと思う女性も確かにいる。

恋をすれば、その人によく思われたいとおしゃれをする事もある。

けれど、それが全てではない。それだけではない。

男性や他人を意識しないで着ている人も当たり前に存在している。

自分が好きなものを食べるように

自分が好きな服を自分の気持ちのために着る。

言葉にすると当たり前のような言葉でさえも

「またまた〜そんなこと言っちゃってるけど本当は

男を意識してるんでしょ?」と

自分の視点に当てはめようとする人は存在する。

 

「いいじゃない、男とか女とかじゃなくて、

あなたはあなたで。私は私で。」

そう容認しあえる世界が日本にもいつかやってくるのだろうか。

やってくるような気がする。

 

人を馬鹿にして笑いをとるような芸風に嫌悪感を抱く人が

増えてきた。これも時代の変わり目のように思う。

時代は変わっていく。

この先の時代は「いやなことをされても諦めて黙っている」という

姿勢をやめる時代にどんどん変化していくような気がする。

こと女性に関しては目に見えてそういう時代になっている感じがする。

忘却

六月二十八日。天気不明

この日もカラオケにギターを持っていき歌をうたった。

それ以外は覚えてないんだなもうー!!

すぎたことには興味がないってね…

集中!

六月二十七日。曇り雨

昨日が全然調子がだめだったので

今日頑張って起きた。

動いちまえばこっちのもんよ。

朝ごはん食べたら

そのまま外出して喫茶店で歌詞かき。

そのままカラオケにギター持っていき

歌をうたう。そのままひとりカラオケ満喫。

何曲かとったからyoutubeに載せようかな。うふ

夕飯の食材を買い出して帰宅。

家で夕飯作った後に作った歌詞の歌入れ。

脅威のスピードで一曲とり終える。

昨日のぶん取り戻したぜ。。安堵。

あと2曲メロディと歌詞づけがあるが

トラックがきていないー!ドキドキ。

今月中に仕上げねば。

今日は音楽に集中できた一日だった。満足。

明日シ組の作曲できたらいいな。

本日は我が家はカレーです。

眠気の波

六月二十六日。晴れ

朝食は納豆ご飯と糠漬けしたきゅうりとなめこのお味噌汁。

冷たい緑茶で。

洗濯をして、金魚と亀の掃除をして。

歌詞ができたものの歌入れをしたら

めっちゃ眠くなって

今日は一日ダラダラしてしまった。

夜ご飯も角煮を作る予定だったが

作る元気がなかったので焼肉屋さんに行った!

歌詞があとABメロ作らねばならぬが…

こんな日があってもよいか。

歌うひと

六月二十五日。晴れ

スタジオひとりで入った。

ひとりでスタジオなんて何年振りだろう。

小さいオベーションをレンタルして。

久しぶりに大声だして歌ったから

すごい喉が疲れたけれど

さすがの私の回復力。1時間後くらいには復活。

スタジオが駅から徒歩2分くらいのところを

迷子になって30分くらいかかった。

これからちょいちょいお世話になりそう。

部屋で大声は出さないようにしているので

ちゃんとした歌は

スタジオとカラオケで歌うことになりそう。

スタジオの後に喫茶店で歌詞書き。

食材を買って帰宅。今夜のメインは餃子。

自分のファンであること。

六月二十四日。曇り。

この日数時間頭を悩ませて書いた歌詞は

全てボツにした!

塩梅っていうのはやめにしようと改めて思った。

塩梅が加減になり、加減は感動の加減になる。

自分が本当に良いと思えないものを

作るのはやめにしよう。

自分が自分のファンでなければ。

手加減しないでいこうと思ったから

すごく気持ち良くボツにした!書き直そう。

無駄を脱ぐ。

六月二十三日。曇り

ラジオの収録したり曲をとったり歌詞を書いたり。

起きてから軽い運動をしたのだけど

結構一日にメリハリがでたかもしれない。

夜はクリスチャン・ボルタンスキーのインタビューを見た。

「アーティストは作品だけが重要でそれ以外は全く意味がない。」

「アーティストに必要なのは勤勉ではなく探求を続けること。」

最近制作に集中しているので

今の時代とは違うといわれるかもしれない

クリスチャン・ボルタンスキーの言葉は

今の時代のものづくりをする人間こそが真摯に胸にすべき言葉だと感じた。

探求と問いをし続けること。

無駄を脱いでいきたい。

静寂

六月二十二日。曇り雨

周りに存在するもののほとんどが

自分を見つけるためのヒントなのかもしれない。

そこを息を潜めて獲物を見つめる動物のように

どこか慎重な気持ちで見つめる。

自分にとって必要なものと

今は邪魔になるものとを見極める。

余計なものに視点を費やす時間が勿体無い。

自分との会話が進むほどに

答えはいつも自分の内側がすでに

知っているものなのかもしれないなと思うようになる。

今は制作の中で周りを覗きながら

自分の世界の中に深くまた潜っていく。

静けさの中に呼吸をする。

音が生まれる

六月二十一日。晴れ曇り

母と合流してランチ。

起きるのが早くて帰りの電車の中で少しうとうとした。

あの降りるべき時にホームに降りた時の

ちょっとふわふわした感じが

大学時代を思い出して懐かしかった。

帰宅してお菓子を食べ16時くらいから作曲。

作曲にとりかかるまでうだうだしてるけど

とりかかると他のものが手につかなくなる。

23時頃まで録音などしていた。

今はしょへの作ったトラックにメロディをのせているのだけど

今までの自分と全然違う感覚で取り組んだりしているので

とても新鮮。

ひとつのものに携わってるとこだわりや美意識が出てくるけど

それって新しいことをやる上では邪魔になったりする。

そういう固執するような凝り固まった感じから逃れて

気を音楽に乗っけるように楽に作る。

このメロディにどんな歌詞をつけるかなぁと

悩みながらこれから就寝。

その悩みがある種贅沢なんだよな。楽しみ。