遠い空の彼方から
愛されるために生まれ
そして愛するために生まれた
あなたという命の役割
2022/9
Monthly Archives:命を磨き続ける
人生は本当に、どうにもならないこと
どうしようもないことが起きるものである。
世界中でどうにもならないことは沢山起きている。
その全てを感じようとして目を向けていると
辛すぎて人は壊れてしまうだろう。
どこに目を向けるかで気持ちは変わるというのはある意味本当だ。
なんでもポジティブに解釈したり
なんでも明るい部分だけ抜き出せば明るくいられる。
だけどそれは嘘の生き方でもある。
生きていれば当たり前に色々な問題が起きるから。
人間ひとりで生きてるわけではないから
自分が万々歳でも身近な他者の方で何かが起きれば自分にも影響が起こる。
仏教がいうこの世は地獄という設定は本当だなと思う。
素直にこの世界に目を向ければ、明るいことも辛いことも起きているのがわかる。
そして地獄の方は悲惨なことが多い。
だからある程度の鈍感さをもつことは、生きていくうえで必要なんだろう。
だけど私はそれでも、人生の中に起きる苦しみや悲しみに
身を寄せることはとても重要なことだと思う。
そこから涙を流したり、悔いたりすることはとても大切なことだと思う。
そこから逃げてしまえば楽だけど、達観したふりをすれば楽だけど。
ひとつの命をもらって生きている以上、美しい命に磨いていきたい。
人生は彩り豊かな方が美しい。
あなたが人生の中で苦しみや壁に多く出会していくのだとしたら
あなたがそれを見つめていることの証なのだ。
人生の苦しみに眼差しを向けられる人は強い。
自分を壊さない程度には、その強さで人生を磨いていきたい。
しかし本当に、生きていくというのはブルースだ。
ここ一年、命の終わりについて向き合うことが多すぎる。
多すぎて悲しみだけに集中できない。多すぎて。
男らしくあり続けることで壊してきたものは何だろう?
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整理すること、決めること
最近の私の生活は、ヨガで始まりヨガで終わる。
といっても本格的なものというよりはストレッチ要素が強い気がする。
コロナ疑惑が終わってから予定が詰まって忙しい期間があった・・
というか未だにそれは続いていて
恐らく今後はこういう生活になるんだろうなと観念した。。
今までは頭を働かせながら寝ようとして寝れない時があったけど
起きたときと寝るまえに10-20分ほどのヨガをしてから寝ると
もちろん眠れないときもあるのだけど
それでも体の調子がなかなかに良い。
心と体は繋がっているので、この二つのどちらも疎かにしてはならず
そこは潰瘍性大腸炎疑惑(別の診断結果後違ったけど)の時に
色々食生活について勉強して取り入れていたので(油をサラダ油以外にするなど)
それが今にも生きてるという点では疑惑も無駄ではなかったのかなと思う。
恐らく潰瘍性大腸炎疑惑がなかったらあんまり気にせず過ごしてたと思うから。
とはいえ、机の上にたんまりあるやらなければならないもの達を
やっつけではなく一つ一つ筋を通してこなしていくためには
整理整頓が必要であり今それが出来ておらずとっ散らかっている感がある。
つくづく整理とは部屋の片付けだけではないなと感じる。
人生全般のあらゆる面において必要な技術が整理だな。
一日をひとつのスケジュールとしてみたときに
今はまだ真ん中がとっ散らかっているけど
最初と最後の締めだけはヨガという決まり事をつけたので
ここから先は真ん中の工事に着手する。
つくづく第二弾だけど
つくづく人生とは決まりを作ることが充実に繋がるなと感じる。
今までは自由に思ったことをやる方向で生きていた私だけど
決まり事を作ることによって自分の思い描いてることが統一できて
そのうえでどこで遊びを設けるのかがわかり
メリハリがつくのだなと思った。
動物が健やかに生きる権利
とある家のとあるわんこに会いにいった。
色々な訳が重なりあまり散歩ができずに
かまってもらえる時間もないのだそう。
人間と動物ってなんだろうって思う。
人間だって動物のひとつである。
人間が動物を支配する。飼うっていうのはそういうこと。
だからこそ、支配される側が死ぬまで大切にしてあげたい。
ペットっていうのも良くわからないなと思い始めているので
私はめるがいなくなったらもう何も飼わないかもな。
保護猫とかは余裕がもっとできたら考えたい気持ちもあるけど。
用品や餌はおいといても、命それ自体が金でやりとりされて
途中でいらないからと放置されてもなんの抵抗もできない
そう考えると人間の問題と動物の問題は同じかそれ以上に重く感じてしまう。
人としての権利も大事なように動物が動物として
健やかに生きていく権利も大事。
今はせめて短い時間だけど目の前にいるこのこが
亡くなる時に「あの人から優しくされた記憶があるな」と思ってもらえるように
束の間の時間、可愛いね良い子だねを連呼しまくって撫でまくった。
最初、体をめいっぱい動かしてはあはあ言いながら喜んでたけど
最後に見るからにしょんぼりした顔で別れを悲しむ姿に辛くなった。
スモールライトで小さくできれば持って帰れるんだけど。
大型犬と一緒に暮らせる環境はなかなか難しい。
自分にできること、できないこと、色々考えさせられた。
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今から一緒にこれから一緒に殴りに行こうか
中学生の頃に開けたピアスの穴が何年放置しても塞がってなかったので
最近またピアスをしている。
7つか8つ開けて
若かったので安全ピンでねちねち貫通させるのが楽しかった。
最近、それくらいの年齢の頃のことを思い出すことが多い。
中学生の時、同級生の友達が先輩に呼び出された。
夜の公園だ。
私の小学生時代はのどかな所だったので平和に過ごしていたが
中学になり他の小学校の人と混ざると都会の人々と出会うことになり
私は入学式の時に告白されたりなどした。
男女なんて意識することのないドラゴンボールとちびまるこちゃんと
土手で虫取りするのが大好き人間だったので
異次元に感じた。
話は戻り友達が先輩に呼び出されたことがあった。夜の公園にだ。
私はヤンキーではないので
「ボコられるんじゃないか?友達が危ない!!しかし私じゃどうにもならん!」
と思った私は
ヤンキーだった姉とヤンキーだった当時の姉の彼氏にこの話をした。
当時の姉の彼氏は黒塗りシャコタンのクラウンのトランクに
木刀を載せて公園まで行ってくれた。
ヤンキーというのは身内の危険に動いてくれるのだ。
結局、先輩は現れなかった(現れて逃げたのかもしれないが)。
大人になると、今から一緒にこれから一緒に殴りに行ってくれる人は少ない。
みんな大人なので、深入りせず、適度に距離感をもって 生きていく。
私もあんまり人とくっつきたくないのでそれはそれでわかるけど、
それでいいのだろうか?と思う場面もある。
諦めすぎではないだろうかとか、もう少し踏み込んだ方がいいのではないかとか
見ていてお節介にも感じることがある。
正しさとか、傷つかないとか、面倒にならないとか、責任をとれないとか
そういう色んな言葉を使って線引きをするけど
そこはお前もう少しいったれやと思うことがあって
綺麗に生きすぎることというのは傷は負わないけど、
何か大切なものが心から溢れていくように思う。
殴りにいかないまでも自分の中にある情熱は
大人だからこそ枯らせず放出させたい。
悩んで、楽しんで、苦しんで、面倒くさいけどやってみて、
そうやっていろんな感情で心を動かしていきたい。
天色の空から
踏んだり蹴ったり
昨日、窓を開けて気持ちよく作業をしていたら
どこかの家で爆音の目覚まし時計が鳴りだし
留守なのか止まる気配がない。
閑静な住宅街のなかでピピピピピピ!!!!が鳴り渡る。
「はー!?ふざけんなようるせえー!」とイライラしながら作業を続けて
やることが落ち着いたので寝室に移動すると目覚まし時計が鳴っていた。
1人なんとも言えない気持ちになりとりあえず見えない誰かに謝っておいた。
前に性格診断をしたときに「人のせいにしがち」っていう結果がでたのを思い出した。
確かに目覚まし時計が鳴った時、自分の可能性を1ミリも考えていなかった・・・
恥ずかしさと自分の醜さを目覚まし時計を通して実感することになるとはね。
そしてパソコンが壊れてしまって超絶やりづらい・・!うぎゃー!