十一月十八日。曇。
ここ数週間でじわじわと
対面せざるを得なかったもの
答えがわからずに
でも目の前から離れなかったものの
理由が今日わかった。
そして勢いで言葉を書き綴った。
書きながら涙が溢れた。
こんな苦しい事を眼前にして
それが昇華していく感覚がした。
この言葉を書くために苦しんだのか。
とさえ思った。
村上春樹さんの言葉の中に
「自分の魂の不健全さというか、
歪んだところ、暗いところ、
狂気を孕んだところ、
小説を書くためには
そういうのを見ないとだめだと思います。
というか、
その”たまり”みたいなところまで
実際に降りていかないといけない」
というものがあって
まさにそのたまりだったと実感した。
このぎりぎりの感覚は
生きた心地がしない。
けれどその先に出会うものは
自分でも驚くほど素直で
生き生きとしている。
それがセンシティブな告白であっても
弾力があって
まるで焼きたてのパンを手で割ったように
ホクホクしてる感じ。
このパンを作るまでに
沢山の言葉と出会い
それらに励まされ考えさせられた。
沈黙の自分とそれらが混ざり合って
出来上がったものだ。
パンが食べたくなってきた。