九月七日。天気不明
私たちは、生きている間にどれだけ自分の気持ちに嘘をつくのだろう。
そんな事を最近考えた。
本当はやりたくないのに、やったほうがいいからとやり。
本当は面白くないのに、笑ったほうがいいからと笑い。
本当は違うのに、そうだとすること。
本当はしたいのに、しなくていいと言うこと。
こういう事の積み重ねは、確実に自分を蝕んでいく。
「自分が何をしたらいいかわからない」
「何を楽しいか、何が好きなのかわからない」という人は
誰かを愛するよりも、誰かを幸せにするよりも
自分と友達になることをするのが良い。
その友達は、どんな事で喜ぶのか。どんな事が嫌なのか。
シャイだから、はじめはなかなか教えてくれないけれど
のんびりとそばにいてやると、だんだん教えてくれる。
「普通はそうしない」「そんなことしちゃだめだ」なんて
常識の物差しでその友達を押さえつけてはだめだ。
何を言ったっていい。何を思ったっていい。
まずは聞かせてほしいな。
わからなかったら、子供の頃のことを教えて。
本当は何が嫌だったかな。何が幸せだったかな。
少しずつ少しずつ、打ち解けあっていく。
自分という友達。
自分という友達をコントロールしようとせず
正直に、素直に、自由にいさせていたら
少しずつでも、目の前の世界が変わっていくだろう。
自分に用意された世界なのだ、命なのだと
思えるようになっていくのだろう。
どれだけ嘘をついてきたか。たくさんついてきたな。
今までも、これからもきっと、ついてしまうだろう。
人の気持ちを推し量ったり、めんどくさくなったり。
疲れていたり。そういう時もあるもんだ。
けれどこれから先は、そういう時に声をかけてくれる人がいる。
それが自分という友達。
今嘘ついたでしょ。本当にそれでいいの?と
その友達は純粋に声をかけてくれる。
自分の中にいる自然体で無垢な自分と友達になろう。
生きていることがもっともっと素晴らしいと思えるはず。