君は何のために生きるのか

”思想”という教科書の枠組みに自分を変化させて

「私のアイデンティティはこれ!」と言ってる人は

全然面白くない。

それはそもそもある思想に自分をトレースしてるだけだから。

あるアイドルが好きでそのアイドルの服装や話し方やメイクを

真似して「これが私!」といっているのと変わらない。

それはその人自身ではない。

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私が右派とか左派の特定のグループに

所属できないだろうなと昔から内心思っているのも

この点に似ている。

私自身の考え方はリベラルに近いと自分では感じている。

(でも完全にそっちではない側面もある)

特に家父長制に関しては断固反対であるという点でも。

 

かといって、その時代に生きた男性を

老害扱いするかといったらそんなことはなく

私の心を震わせエネルギーを与えてもらった存在は

むしろ保守的な70代以上の男性が多かった。

 

私の恩師もかなり保守的な高齢男性だった。

そしてこの名前を出すと身近なリベラルの方に嫌われそうだが

私は石原慎太郎さんからも影響を受けた。

小説も読んでいたし、

今日久しぶりに彼が当時の安倍首相に対する答弁を聞く機会があって

”人間は欲望の塊だから

金が欲しい儲けたいはわかるけれども

異常気象が通常気象の今、

経済復興も良いけれど

地球が滅ぶとしても明日りんごの木を植えるような

狭い視野ではなくそういう哲学的なメッセージを

各国首脳に届けてほしい”

というようなことを仰られていた。

 

例え明日地球が滅びても僕はりんごの木を植えるというのは

マルティンルターの言葉で

これは実るのに時間のかかるりんごの木を

地球が滅びるとわかっていても植えるということ=

自分の目先の損得や満足ではなくもっと長期的な視点

多くの人の幸福を考えた行動をとりなさい

というような意味で使われている。

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保守層の石原さんや私の恩師の姿勢から学んだことは

”大局的な視野でもって何かのために生きなさい”

という部分だ。

しかし、私は女が男を立てるために存在しているとか

女はあれをしろこれをするなという命令には断固反対なので

目の前でそう男性に言われたら

「うるせえくそじじいが黙ってろクズ」と言うと思う。

それはそれ、これはこれである。

 

 

志を貫くこと、そのために自らを律すること。

自らを律することが苦手な私にとって

そういう姿勢は憧れであったし

だからこそ保守は危ないとも思うし(酔いしれやすい)

その良さと危うさの両方を味わった今

右でも左でもなく、人間から学んで

自分をどう活かしていくかをこの先も自分で決めていこう。

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昔から何か縁あってなのか保守的な

知り合いとの繋がりが多かったけれど

最近は真逆の思想との繋がりも増えてきた。

 

ちなみに私がリスペクトしている女性は

新自由主義も左派的な観点も混ざっている。

新自由主義的ともとらえられる発言をしながらも

共産党だった志位さんと対談もしている。

だからもちろんどこかの政治思想的派閥に所属していない。

憧れている人の一端はすでに自分の中にあり

その背中を見つめて奮闘する限り

私もそのような人に近い立場をとりそうな気がする。

 

情報を積極的に得たらそれを自分の頭で考えて、

自分の足で活動していく。

色々な影響を受けたなかで、自分自身として生きていく。