手紙の注文者様&空き状況について

もうすぐポストを開けたり閉めたりしだす頃でございますよ・・ふふ

今回第一回目ですでに私も沢山のわくわくをしました!

詩が届いた時に勢いでここに載せそうに危うくなりました!

頼んでいた方と私との秘密事項だった!

 

二回目、三回目と続いていきます。

その年のその月にしかお届けしないものですので

「今」という瞬間に私が作った曲や言葉を

お楽しみにしていてください。

一緒に生きているという空間を

ここで作れたらと思って作っています。

 

なお、毎月お届けする手紙「ぼくを待つ」は

毎月1回の定期便で、自動更新となっております。

現在は満員となっており注文は受け付けておりません。

現在注文していただいてる方の中で

後払い決済をご指定の方にはすでに今後についてのメールをお送りしています。

カード払いの方は、今月精算するものは7月のご利用分となりますが

まだご精算をこちらでかけていません。

お手紙が到着後、または現段階で手紙の定期購読を解約される場合は

下記の問い合わせフォームに注文時のお名前を書いてご連絡下さい。

カード払いの方へは改めてまたメールでご連絡致します!

 

空きが出ましたら、SNSやブログなどで

またご注文再開のお知らせをいたします。

先着順になると思いますので

手紙を申し込みたい方はぜひチェックして頂けたらと思います!

 

あなた自身が価値となる時代

少し前の記事だけれど

オリオンビールというお酒のメーカーが

ストロング系のお酒を出すことをやめるというニュースが話題になった。

「発売している物がどんな問題を孕んでいるのか(ここではアルコール依存)」

「販売した後の事は知らない」という意識を変えたことで

「これからはオリオンビールを買うようにする」「支持する」という声が

多かったように思う。

 

「とりあえず売れればいい」という資本主義の末期のような状態から

抜け出してきているような感じがしている。

そしてそれを買い手は見ているし、選ぶようになってきている。

 

パワハラを訴えるところも増えてきている。

こういう流れはどんどん加速するし、していってほしいと思う。

みんなが心のどこかでおかしいと思いながらも

声をあげるのもしんどいからと我慢していたことによって

たくさんの人が当たり前に我慢を強いられる環境から

自分達の手で解放されて周りも共感や支援が広まって

多くの人が自由に自分の人生を選択できる機会が増えて行ってほしい。

私自身も自分がそうなるために活動しているし

それが誰かのためになれたら本望だと思っている。

 

誰かが苦しまなきゃやっていけない所というのは淘汰した方がいい。

これは他人事で言ってるわけじゃない。私自身にもいえる。

「シギだからただでやるよ」という声にも

例えばお金が払えないなら他の所で返せないかとか

お金が払えないならそもそも頼まない、とか。

お互いに腹をわりあって、ここまでならできる、これはできない、

これはお金がなくてもやりたい。とか

相手と自分の意思をしっかりわかりあってやれているか

そういう環境を作っていかなければと思っている。

今まで甘えてなあなあにしてきた部分が私には沢山ある。

自分の身の回りから整えていこうと思っている。

 

SDGs(エスディージーズ)という活動もある。

簡単に言うと、

「今の質を落とさずに、地球のみんなが豊かに暮らせるために

続けられる試みをしていこう」という活動。

企業でもSDGsを掲げていると「地球のことを考えている、

人のことを考えている企業なんだ」という印象を与える。

 

ただ儲ければいい、ただ自分が豊かになればいい、という所から

確実に世界は変わろうとしている。

 

日本はどうだろう。

そもそも、地球のみんなが豊かに暮らす以前に

自分達の国の人間が

ブラック企業的な、生きてはいるけどストレスフルな人々が多い。

それを自虐的なギャグとして通用するほど

それが「普通の状態」になってしまっている、ということだ。

しかし進歩したことといえば

笑いにできるということは、それ自体は異常であり過酷だということを

気づいている人が多くいるということ。

 

日本の国民性は真面目だという。

これが生きづらさの根源のようにも思う。

教育や社会で吹き込まれてきた「正しい人間像」。

勤勉は素晴らしい、忍耐は美しい。

清貧さ、貧しくても正しく生きる。

金持ちは汚いもの。贅沢は罪、美しくない。

真面目な人たちはこれを疑うこともなく、従った。

 

これらは全て

上にいる側の人間が下で働く人間をいいように使うための言葉だ。

経営者が労働者を。先生が生徒を。政治家が国民を。

その教えをありがたく受け取り、大事にし、生きていけば幸せに暮らせる。

人から後ろ指をさされることも、仲間はずれにされることもない。

みんなで貧しさを共有しあい、美しさを共有し合う。

そして果実は上の人間がたらふく頂く。

おかしくないかそれ。

 

 

みんなが自分を殺して会社のために身を粉にして働けば

経済成長が見込めるような時代はとっくの昔に過ぎ去っている。

それなのに、自分を殺して会社のために生きている形だけが残っている。

上の言う事がどんなに時代錯誤でも従うという形だけが残っている。

 

この先、自分を生かさなくてもできる仕事は全てAIが変わっていく。

雑務を人がしなくてもいい時代がくる。

全ての人が自分の特性や資質を生かして働く時代がくるかもしれない。

そういう時代が来た時に

「自分を出すよりも会社の下で従ってた方が利口だよ」

「自分を生きるなんてわがままだ」と思って来た人は

「さぁ、上司のウケとかどうでもいいです。

あなた自身が価値になる時代です」となった時に

一体何を武器として出せるのだろう。

何かに従うだけで、自分の頭で考えること、決断することを放棄してきた人は

生きづらくなってしまうと思う。

 

コロナ禍によって失業した人も大勢いる。

自分が身を粉にして、考えることを放棄して会社のために尽くしても

その会社の風向きが変われば自分は捨てられる。

「そういう会社を選んだあなたの責任でしょ」という世間の冷たい言葉がぶつけられる。

 

自粛期間中に自分の生き方について見つめた人も少なくないと思う。

今までは仕方がないと思ってきたけど、本当にそうだろうか。

この先の時代がどうなるかわからないのだから、今までのままでいいのだろうか。

自分の心に投げかけたとき、本当は自分は知っている。

冒険すれば変われること。道はひとつではないことを。

そして本当は自分で選ぶことができるということを。

 

そういう本当の自分が知っている声を

ことごとく潰して行く。

「でも自分がいなきゃ職場が」

「自分がいなきゃ家族が」

「自分には何もできないし」

それは責任感からかもしれないし

もしかしたら変化が怖い臆病さからきている声かもしれない。

 

総理大臣も代わりはいる。

両親のいない子供もいる。

日本は災害から何度も再生してきた。

人はその時の環境をなんとか生き抜こうとする強さがある。

 

誰かや何かよりも、自分はどういう人間なんだ。

全ての不安や懸念を一度脇に置いた時に

自分は何がしたいんだ。自分はどうしていきたいんだ。

自分は何が好きだったんだ。自分は何が嫌なんだ。

自分と対話をして、自分の納得の元に、生きていく。

自分の人生を作って行く、デザインしていく。

会社や親や子供や友達や恋人に決定権を委ねてはいけない。

自分の頭で考えて、自分が決めていく。

その道を選んだ時に、あなたの人生は一体どうなってしまうだろう。

考えられない世界が待っているかもしれない。

怖い。不安。確かに。私も怖いし不安にもなる。

それは、ワクワクの裏返し。

 

なんの恐怖もない人生なんて、面白みがない。

恐怖から安心ばかりを選んで生きるということは

RPGで一番最初の村の近くで敵を倒して

レベルだけあがっていくのに

他の場所へ行けない主人公のよう。

本当は他の場所へいける強さがあるのに。

自分で自分を信じることができない。

自分という存在は地球上でひとりしかいない。

その自分が生まれて、周りに育てられて、大人になった。

自分という人間をどう生かして行くか

どこに旅立たせて行くか。

誰かや何かの一部じゃない。

自分が生まれてきた意味を作ってあげられるのは

自分自身。

 

コロナ禍が私たちの時計を一瞬止めた。

今も動きづらい部分は沢山ある。

この先のことはどうなるか、わからない。

どうせわからないなら、ワクワクの裏返しにある不安の方を選択したい。

どうせわからないなら、行ってみたいと思う方へ行ってみる。