陰陽のバランス・音楽編

5月29日に「陰と陽」のブログを書いた。

その時は陽のエネルギッシュさを推していたが

最近は陰の理性的な呼吸にも心地よさを感じてきた

バランスを見たい、というような内容。

(はしょりすぎて何を言ってるのかわからない)

 

5月6月あたりに

自分が聴きたいと思える音楽をやろう

という気持ちが芽生えた。

どういう音楽がやりたいと思えるか

その時に出てきたそのほとんどが

「高揚するもの」「気持ちよくなるもの」だった。

 

けれど「それでいいのかなー」という気持ちもちょっとあった。

なんか足りないな?みたいな。

で、少し前に今考えてる音楽の話をしていたらしょへすんに言われた。

「それだけじゃつまらなくない?」というニュアンスの言葉。

「やっぱこいつうるせーな」と思いイライラしながらも

それは確実に私の中の「それでいいのかなー」を膨らませた。

そしてその夜には答えが出た。

(なので結果的にしょへすんありがとう)

 

答えの中身はこうだ。

「あ、そうだ。陽的なバランスで考えてただけだった!」

気持ち良い、高揚は陽のエネルギーっぽいな。

恐らくここに陰の絵の具を足してないから物足りなかったのか。

そう気づいた。

 

少し話は変わり戻ってくる。

個人的に私は癖のあるアーティストが好きだ。

色んな音楽を聴くから

音楽だけで聴いてる時ももちろんあるけれど

「そのアーティストに惚れる」方が好きなのだ。

そして私が惹かれるのは大抵が癖がある人だ。

ものすごく皮肉な言い回しをしてたり(でもその皮肉の裏にそこらへんの綺麗事を言ってる人よりも綺麗な愛を私には感じたりする)

人間のおどろおどろしい部分をぶちまけていたり。

「悪い人だなぁ」とニヤニヤしながら思える人が好きなのだ。

 

こういうのは「日常では触れられないもの」。

「常識的な人が眉をひそめるようなもの」。

それを見るのも、そしてやるのも好きなのだ。

でもそれは「人を困らせて嫌な気分にさせてやりたい」というのではなく

どちらかというと子供のいたずら心、みたいなもの。

「裸の王様だ!!!」と大声で言いたくなるタイプの人間だ。

それも日常でいうのではなく、作品になってるからこそ面白いのかも。

 

陽はどちらかというと私にとっては音楽的に

気持ち良い感覚を重視していたけれど

そこに陰の遊び心を足そう。

今までになかなか見たことがない組み合わせの音楽が

できそうな気がしている。

どうせなら日本だけでなく海外の人も面白びっくりできるような。

 

例えば髪の色が明るく派手だから

洋服の部分は逆でシックでシンプルにきめる、とか。

差し引き。

 

少しずつ自分に足りてない部分を発見しては足し

多かったら減らしなどをしながら作る。

どう配置するか、どのバランスにするかが

その人のアイデンティティやセンスの表れ。

とかかっこいいこと言いながらまだ一曲も作ってないんですけどー!

夏の憧れ

憧れは 恋心に似ている

遠い昔の出来事

思い出すたびに心が凛とする

その厳しさ その強さ その愛の深さ

あなたが生きているのか死んでいるのか

それすらわからない

私の一部はあなたで出来ている

だから命の終わりはあなたの終わりではない

あなたが教えてくれたことのひとつ

想いは命を超えるということ

自分の想いに真摯に取り組むということ

目の前の愛を育むたびに

私は少しずつ本来の自分を取り戻していく

そして

あなたに恥じぬ私になれてきていることを感じる

夏はなぜかあなたを思い出させる

人生の師。

保護中: 自分のためのルールを決めよう *シ組ワーク

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