大学の授業で読んでいた本を再び読み返している。
私が敬愛していた先生の授業で使われていた本。
言葉は人の命をこえる。
人の心の中に強く影響を受けた人の言葉が植え付けられることにより、
生き方が変わっていく。
それは心の中にその人の意志がずっと生きることと同義であると、書かれていた。
まさしく、その姿は先生のあり方そのものだと、
あの授業から離れて数年たった今より強く思った。
なぜなら先生の言葉は未だに私の心の中を生きているからだ。
きっとそれは死ぬまで生きるだろう。
同じように
私の言葉(私でいうところは音楽でもある)が誰かの心に植え付けられ、
その人のありかた、生き方を変えるようなことがあれば
私もまた先生のような生き方を恐れ多くもほんの少しは
出来ているような心持ちになれるのである。
先生が敬愛していた人は、
味方か敵かにわかれるほどの激しい生き方をしてきた人だ。
敵の中でさえ味方がいるような人。
亡くなった後の現代にもその人の生き様を胸に生きる人が多くいる。
私もその一人だ。
そして私が敬愛する先生もまた多くの敵がいるような存在である。
先生は言った。
毒にも薬にもならないような生き方をするなと。
その言葉はずっと私の心を生き続けている。
命をかけた想い、言葉が何百年とたっても多くの人の胸に生き続け、
そしてそれが巡りに巡って私の胸にも生きていると思うと、
人の想いの壮大さを感じる。
人の寿命の何倍も、人の想いは生き続ける事がある。
その想いを引き継ぐと同時に、
尊敬する人達に顔向け出来ないようなことはしてはならないと
気持ちが引き締まった。
自分の心の声を聞いて。
人から間違っていると言われようと
後悔のない生き方を。